
私はある派
忘れもしません。
私が小学校5年の夏でした。
父親が病気になり、
綺麗な空気の、自然あふれた
故郷の岡山に引っ越す事が
決まったのは。
夏休みになるので、岡山の学校に
転校しても、すぐ馴染めるだろう。
と、親の考えでした。
親友との別れは悲しかったけど
親の病気が治れば良い。
高校卒業したら、神戸に戻れる。
そんな想いで家族に付いていきました。
転校したばかりの時は、岡山弁に
慣れなくて、
『おえん、おえりゃあせん』
って言われても
『? ? ?』
*関西弁で『あかん』だった。
暫く、神戸が恋しかったです。
別れた親友と文通をしあって、自分の気持ちを慰めていた時代が懐かしい。
岡山は、高校卒業すると同時に就職先が神戸に決まって『サヨナラ』しましたが、住んでいるうちに、悪くないって思いはじめたのも事実です。
瀬戸内の魚とか新鮮で美味しいし、
瀬戸内海の島々の風土は、心を癒してくれましたね。
今、神戸を離れて東京に住んでますが
私の娘も、転校を余儀なくされた人です。
父親が亡くなって、事情があって
長野に一時期住んだ事があります。
その時、神戸の中学から長野の中学に
転校させてしまいました。
今思い返すと、青春期に申し訳ない事をしたな。
って、、、反省してます。
でも、娘は東京に来れてJAZZの勉強が出来て、良かった。
と、言ってくれたので、
全てに【縁】があったんだ。
と、思います。
全て神様の導きなのだ。
と、思います。
転校した事は、意味があった。
と、思います。
iPhoneからの投稿