☯陰陽破戒無慚⑱病院

ソーちゃんが搬送された病院に着く。
ロビーに、少々草臥れたコートを羽織った男が立っていた。
一目でベテランの刑事だと分かる。
俺が近づくと「あんた、キヨさんの?」と声をかけてきた。
『はい、そうです』
刑事は上を指差し
「314。今、眠ってる。手術するかどうかは、検査結果見て決めるって」
『ありがとうございます』
会釈して通り過ぎる。
「ねえ」
振り返ると「誰がやったか知ってる?」と訊いてきた。
『いえ、分かりません』
「患者と、どういう関係?」
『…友達です』
「ああ、そう。分かった。キヨさんによろしく」
『はい。失礼します』
会釈して、314号室を目指す。
エレベーターを探して歩くと、階段が目に入った。
一段飛ばしで駆け上がる。病院で走っちゃいけない。それは承知だが、身体が勝手に動いていた。
大丈夫か、ソーちゃん。
誰だ。あんないい奴に酷い怪我を負わせたのは。
駆け上がりながら、丹田に熱いものがこみ上げているのを感じた。
公園での“氣”と、出どころは同じであった。しかし、その質は大分違っていた。
公園の時は、生温かかった。そして心が落ち着いた。
今出ているそれは熱く、出れば出るほど頭に血が上って来る感じだ。
絶対に許さない。
とにかく、今は病室だ。
310、311、312…
『あ…』
314号室であろう病室の前。年季の入ったソファに腰掛け、頭を垂れてる女。
ソーちゃんの妹だ。
『あの…』
顔を上げた妹の頬が、涙で濡れていた。
「アリガトゴザイマス…」
蚊の鳴くような声でお礼を言う。
病室の扉は開いており、他に患者はいない。
中へ。
眠っているソーちゃんの顔は、包帯でグルグル巻きにされていた。
右腕がギプスで固定されている。
こんな状態で、店先の掃除をしていたのか。
自分の顔から血の気が引いてゆくのが分かった。
それとは逆に、肚では熱いものが渦を巻く。
ピッ・ピッ・ピッ
苛立っていた。医療機器の電子音すら、不快に感じる。
落ち着かなければ。
治るのだろうか?目は手術するのだろうか?
信じられない。誰が、何の為に。こんな、一歩間違えば命を落とすような仕打ちを。
駄目だ、落ち着けそうにない。
込み上げてくる怒りを抑え、叫ぶのを我慢するので精一杯だ。
病室を出て妹に尋ねる。
『誰がやったの?』
妹は俺の目を見て、辛そうな顔で左右に首を振った。
その表情は“知らない”とか“分からない”では無く…
“いけない”と言っていた。
知ろうとしては駄目だ、と。
詮索しないで、と。
つまり…妹は誰の仕業なのかを知っている。
きっと警察にも、分からないと言ったのだろう。
そうでなければ、あの刑事も俺に尋ねてきたりはしない。
『分かった』
この“分かった”は…
了承した、という意味で言ったのではない。
妹は“分かった、もう訊かない”と受け取ったかも知れないが…
そうじゃない。
俺は、やった奴が大体“分かった”と言ったのだ。
『明日また来るね』
そう告げて、病室を後にする。
静かな病院の廊下に、すすり泣く妹の声が響く。
それは、二階に降りるまで聞こえていた。
人気のないロビーで、さっきの刑事が舟を漕いでいた。
気楽なものだ。まぁ、キヨさんに無理を言われて駆けつけたのだろう。
ソーちゃんを病院に連れて来てくれた事には、感謝しないと。
表に出て、すぐにキヨさんに電話を入れた。
「凌ちゃん、どうだった?今から合流できるかい?」
『大丈夫です。やった奴の見当も、大体ですが、つきました』
「そうか。こっちに来てもいいし、あたしらがお店に行くんでもいいけど、どうする?」
『あ、俺がそっち行きます。今すぐに。店ですか?全然、大丈夫。はい大丈夫です、はい。そっちでお待ちください。すぐ向かいます。待っててください。そこを動かないで』
三人が店に来るのは御免蒙る。
俺はタクシーを拾い、マンションへ向かった。

 

つづく

※このお話は、事実を元にしたフィクションです。
凋落の一途を辿る、陰陽師の生き残りたち。

突如現れた異分子は、救世主なのか、殲滅者なのか。