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- 普通と思っていたことが、輝いて見える -
(35歳 羽沢さんのエッセイです。)
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病気といっても千差万別である。
病気の主は、私の母だ。乳がんになったのは、三年前のこと。
大病を得た患者は、誰しも感じるであろう「まさか」の三文字。
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女手ひとつで育ててくれ、大手メーカーで文字通りのキャリアウーマンそのものでった、
その後、デザイナーとして独立。しばらくして縁もゆかりもなかった中国山地の山里に、愛犬1匹と二人で移り住み、生まれてこのかた経験もない畑仕事をし、へなちょこ野菜の出来栄えに笑い、田舎暮らしを楽しむ毎日を過ごしていた矢先のこと。
右側乳房にしこりがあるという。
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病院へ行ったのは、年末年始の仕事にひと区切りをつけ、春になってからのこと。
腫瘍がふたつあると知った母は、「まあ ふたつもあるなんて欲ばりね」とケラケラ笑った。
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その夜、私の方が眠られず、涙にくれた。
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入院当日は、植えた桜がようやく三〇以上も花をつけ、晴れ渡る青空が眩しいほどであった。
母は、誰にも入院する病院を知らせず、見舞いを断わった。入院姿を見せたくないという母の美学である。入院は六日。帰宅すると数個の桜が残っていた。
通院と薬で治療を続け、早三年。
自然の中で過ごし、前向きな考えをもち、食事療法の徹底で先生が驚くほど順調である。
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母の病気で教えられたことのひとつは、「いつか」はない。命って、今この時を生きること。
愛犬に慰められ、自然に励まされ、人の優しさに触れ、母の姿は、以前にも増して意欲に燃え、生命の輝きを感じる。万物への感謝を気づかせてくれるのなら、病気になるのも悪くない。
手術だって人生のイベントのひとコマと思えばいいのだ。
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季節の良い日は、デッキに出て、手づくりおやつととびきりのお茶を淹れ、一日一回は、ティータイムをかかさない。
「しあわせだね。ありがとう」の言葉を添えて、お茶をいただくひとときは、今まで普通で当たり前と思っていたことが、輝いて見えることを知った。
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