「そんなこと言われても、嫌なもんは嫌」
なのだから
慰めにも教訓にもならない。
じゃー
どーすんだ、と。
いうのが今日の記事で。
ひとつが
「嫌われてるかも」
「嫌われるかも」
じゃなくて
「ああ、嫌われてる」
にしてしまえ、ということです。
これ
「失敗したらどうしよう」
「失敗するかも」
と良く似た話で、
こういう相談の時にはいつも
「あ、大丈夫、失敗するから」
「100%失敗するから」
とお伝えします(笑)
すると
伝えられた人は
「ふっ」( ´∀`) と笑います。
この「笑える」というのが
とっても大事。
だから
「嫌われてるかも」
「嫌われるかも」
コレも同じ。
「大丈夫、嫌われるから」
「大丈夫、絶対嫌われるから」
「なんなら、すでに嫌われてるから」
です(笑)
失敗、するし
嫌われ、てるから
すでにそう、だから
好きなように好きなことを
やればいいし話せば、いいんだ
ということ、です。
だって嫌われてるし
失敗もするんだもん。
もちろん
それでも、イヤはイヤ、ですけどね(笑)
この話で
少しは軽くなる人がいるといいな。
それと、もうひとつが
「ひとを嫌う権利」 です。
あなたも
誰かのこと嫌うよね。
嫌いな人、もしくは
実は苦手な人、いるよね?
「えー、そんなの全然いなーい(^。^)」
「えー、みんな大好きー!❤️」
というひとは
ちょっと黙っててね。
(僕は逆にそういう人こそ苦手(笑)
ひとを嫌う権利。
人のことぐらい嫌わせてくれよ。
嫌っていいよ。
人にも、あなたのこと
嫌わせてあげてよ。
嫌われていいよ。
と、許可してあげる。
嫌うこと、そこに
どちらも深い理由はないんだ。
でも
嫌うひとの中に
理由があるだけなのだ。
僕のことを嫌いな人もいるけど
好いてくれるひともいる。
ということは
僕という「素材」に反応した
その人の中にある何か、なわけだ。
好きも、嫌いも。
いいひとだから
いいひとなのに
どうしても苦手、嫌い。
それをあなたが思っても良いし、
悪いことでもない。
あなたも、思われても良いし
思わせてあげて。
どちらも
気持ちがいいものではないのだ。
でも
「嫌うことが悪いこと」って思ってると
自分が嫌うことも
ひとから嫌われることも、
「悪いこと」になって
しんどさが倍増しちゃう。
僕もどちらかといえば
いまだに「人嫌い」の部類。
本当に好きで気を許せる人としか
付き合いたくないし
交友関係は広げたくないし
実際、広くないし
あんまり人と集まってワイワイもしたくないし
パーティとか、もってのほかだし(笑)
だから
ひとにわざわざアポ取って
会いに行きたい、なんて発想はないし
(だから僕のところにインタビューとか声かけてくれる人を本当に尊敬する)
だから
人のこと誘わないし
だけど誘われないと寂しい(笑)
でも、誘われるとめんどくさい(笑)
基本は引きこもってたいし
苦手な人も嫌いな人も沢山いる。
すぐにひとのこと嫌いになっちゃう。
で、わざわざ
嫌いにさせるように
怒ってみたり
突き放してみたり
ひどいことや冷たいことを言ったりする(笑)
だから
だからこそ
「えー、そんなの全然いなーい(^。^)」
「えー、みんな大好きー!❤️」
なんていうひとを
心底羨ましい(なりたい)し
だからこそ苦手だったり
「ホンマかいな」と疑ってしまったりもする。
人を嫌うって
気持ちよくないもんね。
いや
ほんと性格わるいな(笑)
でもそんな
「みんな大好き」っていう人気者も
「みんなが好きだからという理由で嫌う」
という人も出てくるからね(笑)
だから
僕も、たくさんのひとから嫌われる。
(もちろんたくさんの人に好かれてるけど、
僕の本当の姿、たとえばここまで書いたようなことを
知ったら離れたくんだろーな、という考えが未だにある)
僕のことを嫌ってくる人は
きっと僕自身なんだ、って思う。
で
それで、いいんだ。
嫌うぐらい、
そのぐらいのこと、いいんだ。
心屋仁之助、でした。
・・・・
ぢんさん...(* ̄□ ̄*;