後のプレゼント~
置き去りの愛~
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僕には愛がなかった。
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3年間共に暮らした恋人にもよく言われていた。
「貴方には愛がない」と。
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今は一人ぼっち。
彼女が出て行くと言った時、
止めもしなかった。
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自分の中での優先順位では愛は下位。
止める理由さえ馬鹿らしい程ありえなかった。
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金さえあれば幸せになれる。
母子家庭で育った僕は頑なにそう信じていた。
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一人になった僕はチャンスとばかり
仕事以外は見向きもせず、
一心不乱にお金を貯めた。
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少し休んだ方がいいですよと気遣う従業員の
言葉も無視して僕は年中無休で走り続けた。
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首が全く動かなくなり病院へいくと働き過ぎが原因と言われ
ドクターストップがかかった時も無視して働き続けた。
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もっとお金がほしい。
殆ど家にも帰らず頑張った。
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毎日吐き気におそわれ、眠れない日々の中、
62キロあった体重は気がつくと15キロも痩せていた。
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様々な検査をした結果、
精神的からくる鬱病と診断された。
気づかないうちにストレスが蓄積されていた。
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全てが泡となりボロボロになった身体だけが残った。
それからの毎日は灰色だった。
食欲は全くなく、歩くのも困難なほど衰弱していた。
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水分と薬だけの生活が何日も続いた。
一日のほどんどを布団で過ごす日々。
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誰も心配などしてくれない。
何もする元気がない中、
部屋の隅に投げ捨てられた一冊の本に目が止まった。
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以前付き合っていた彼女が
僕の誕生日にくれた小説だった。
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それまで小説を読んだことが
無かった僕はお礼も言わず放って置いたのだ。
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僕は今更ながら弱々しく本を手に取り開いた。
恋人に出て行かれた主人公が紆余曲折を経て
大切な物に気づくという話だった。
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小説の最後に手紙が入っていた。
“あなたと出会って後悔した事は一度だってない”。
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恋人を足枷くらいにしか思っていなかった
僕の瞳からは自然と涙がこぼれていた。
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そんな中、毎晩うなされては目を覚ますと、
死にたいと思う邪念が毎回容赦なく襲ってきていた。
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自分の気持ちとは裏腹に感情はどんどん
「死ね」「死ね」と洗脳してくる。
自殺しようとする心と何日間も孤独に闘っていた。
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そんな気持ちをなんとか抑え続けていられたのは、
彼女が出て行く時に最後に見せた笑顔が
浮かんできたからだ。
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あれほど信じていたお金は何もしてくれなかった。
そして本当に大事なものに僕は気がついた。
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ぬくもりのないお金ではなく
温かい心が人を一番幸せにするんだと。
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彼女が置いて行ってくれた愛が、
閉ざされていた僕の心をゆっくりと開いていった。
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初めて生まれてきた思いやりが
汚れた感情を掃除すると灰色だった毎日に
明るい色が付いた。
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現在、
自分の中での優先順位ではお金は下位。
もうあの日へは戻れないけれど、
ずっと忘れない。
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愛を携えて生きる事が彼女への
永遠のプレゼントになると信じて。
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