「あんたを殺したのはこの男やで!」 元兵庫県警察官の備忘録
ある交差点で、普通乗用車と原付の出合い頭の衝突事故が起きた。
乗用車を運転していたのは二十代半ばの青年、原付のほうは十七歳の少年である。
乗用車のほうは大過なくすんだが、少年は全身を強く打って意識不明の重体。
ただちに病院に運び込まれた
しかし、事故見分終了後、私が病院におもむいたときは、すでに息を引き取ったあとであった。
病室では、母親が、ベッドに横たわる変わり果てた少年を抱きしめては、泣き叫んでいる。
私は見るに見かねて、部屋を出ていこうとした。と、そのときである。
相手方の乗用車の青年が入ってきたのだ。顔色は、紙のようにまっ白だった。
「すみません:::」 深く頭を下げる青年を一瞥するや、
母親は罵りの言葉を浴びせかけた。
「帰れ、人殺し! 息子を返ぜ!」
と、母親はいきなり少年を抱きかかえて、絶叫した。
「××ちゃん、よく見とき。あんたを殺したのはこの男やで! よlく覚えとくんやで!」
叫びながら、母親は死体となった少年の顔を持ち上げる。
青年は顔色を失って、その場に坐りこんでしまった。
ただ「すみません、すみません」と、同じ言葉をくり返しながら。
もちろん、青年とて事故を起こそうと思って起こしたわけではない。
非難する母親のほうが理不尽だが、
しかし、気持ちはわかりすぎるほどわかる。
私は仲裁の言葉とてなく、その場に立ちつくすばかりであった。
悲惨な事故をなくすために・・・。私ができることは・・。
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