いつのころからか、どこからか、いつのまにか集まってきて部屋の至る所を占領している大量の本。
ちょっと油断すると、部屋の中に散乱している本。
雑誌やコミックも含めると膨大な量になる。
基本、部屋やクローゼットはすっきりしていたい方なので、勇気を持って捨てる事が必要となるんだけど・・・
これまた、なかなか簡単にいかない。
捨てる前に「これもう1回読んでから!」と往生際悪く、読みだすと、これまたおもしろいのである。
だいたい面白いから購入しているし、面白いから手元にいつまでも残っているのだけど。
そんな小さな葛藤と戦っているさなか久しぶりに手にとった村上龍のエッセイ。
最近は時間があって読むなら「英語のテキスト」だった私はすっかり村上龍がおもしろい作家だということを忘れていた。
彼は小説で一躍有名になった作家だが私は彼のエッセイや評論本のほうが好きだ。
彼の着眼点や切り口がおもしろい。
帰国した際には家に眠っている彼の他の作品も手に取ってみよう。
歳をとればとるほどに、何故か、ゆっくり本を読んだり、ゆっくりDVDで映画を観たりできなくなってきた。
本を読んでても焦燥感におそわれたりする。
DVDで映画見ていても、「これをしなきゃ!あれもしておかなきゃ!」とかなにかしら雑念が入ってきて、しまいには「ながら鑑賞」になってしまう。
これは本当に悲しい事です。
いくつになっても本をゆったりした気分の中で読んだりする心、DVDを間接照明の中でゆったり鑑賞したりできる生活のゆとりを忘れたくないなと思った昼下がりでした。
感性。辞書を開くと 「 物事を心に深く感じ取る働き。感受性 」と書いてあります。
私が人に魅かれる時、憧れる時はこの感性の豊かな人です。
それは男性でも女性でも同じです。
どんなにルックスが良くてもステータスが良くても、感性の豊かな人は簡単に逆転してしまいます。
感性がない人とは一緒にいてもつまらないし、話していても苦しくなってきてしまう。
感性は見えます。はっきりと見えてきます。
感性のある人は人に対しても、物に対しても、あたたかい心使いができる人だと言えると思います。
それは感性=心の想像力だとも思うからです。
携帯がかかってきて周りの人の事を気にせずにヤタラ大声で話す人には感性はないです。
話をしていて自分の話ばっかりで相手が楽しんでいるのかを意識出来ない人にも感性はないです。
となりの人が食事を楽しんでいる真横でコートを着脱する人にも感性はないです。
周りが顔をしかめるくらいに香水をまとう人にも感性はないです。
人とすれ違う時の「すれ違い方」でも感性は見えます。
雨が降っている時にタクシーに乗り込む際、傘の水滴を払える人は素敵です。
トイレなど誰も見ていない場所でも落ちたごみをサッとひろってごみ箱に捨てれる人は素敵です。
相手が何を望んでいるかを敏感にキャッチして、さりげなくしてあげる事のできる人は素敵です。
日本にはあらゆる森羅万象に神様が存在すると考えるアニミズムがあります。
私はいわゆる無神論者ですが、「それぞれのモノに宿る神様に敬意を払う 」
この古き良き日本人の心を、私はとても素敵だなと思うので無神論者ではないのかもしれません。
このアニミズムは感性に直結しています。
無機質でしかない「物」に対しても心をこめられる人は、さりげないシーンで意識せずに素敵な行動をとっているはずです。
随分前に、何かの雑誌で読んだのですが、松ちゃんがある女性と車に一緒に乗っていた時のエピソードを語っていました。
その女性の事をちょっといいなあ~って思っていたらしいのですが、彼女が車を降りる時に松ちゃんの帽子を落としてしまったらしいのです。
その時にその女性は帽子をさっとひろって松ちゃんに「ごめんなさい」と謝って返したそうです。
その瞬間に松ちゃんは「冷めた」らしいのです。
女性はちゃんと謝ったのに「なぜ??」
松ちゃんはそこで帽子をパンパンと払ってほしかったみたいなんです。
埃がついていたか、ついていなかったかは問題ではないそうです。
その「払うしぐさ」がほしかったらしいです。
「帽子の魂がみえてへん!」この感性に彼は冷めてしまったらしいのです。
感性豊かな松ちゃんらしいエピソードだなあ・・・と思いました。
私は特別、彼のファンというわけではありませんが、彼に対して好感がもてました。
そして最近、御結婚された女性はきっと感性豊かな女性なんだろうなぁ~と思いました。
計算なしに自然に松ちゃんの肩についたゴミをそっと取ってあげる事のできる女性なのでしょう。
松ちゃんが見た帽子の魂。じゃありませんがモノにも魂があると感じとれる感性はやっぱり素敵だと思います。
私事ですが、今年はなかなか自分にとって良い1年だったとは言えない本当にハードな1年でした。
大殺界だったからか??(笑) 厄年だったからか?
今年も残りわずか2カ月となって、ふと気がつけば心がカサカサになっている自分に気がつきました。
感性の鏡が完全に曇ってます。
こんな女性にだけはなりたくないな~という「心が豊かではない」状態にマンマとおちいってました。
若い頃は尖っていても、それが魅力となったりもするけれど、歳を重ねれば重ねるほどそうはいきません。
歳をとるほどに人間味やその人の心の豊かさが勝負となってくると思います。
外見はゆっくりであっても老化がおそってくるし、嘘やごまかしは効かなくなってきます。
その人の心が幸福感が最高の化粧となってくると思うのです。
私はメイクの仕事に携わった事があるので「ベースメイクの重要性」を断言できます。
ベースメイクはファンデーションの部分で肌を作るまさにベースの部分ですが、ファンデーションの下にあるもっと基礎の部分。
「ベースメイクのベース」といいましょうか?それは心です。
来年を清々しい気持ちで迎えるためにも、今から意識してこの心を感性をまた磨いていかなければ!!と思いました。
感性は日々の意識からでしか磨くことができるものではないので1日1日を大切に生きたいなあと思います。