こんにちは

Healing Garden Cornucopia ミチコです。 

 

最初にお知らせです。

 

本日4/12 22時より 一斉ヒーリング開催です。

お申し込みのお客様、どうぞ宜しくお願いいたします。

 

 

 

今日は、鬱の家族を持つ立場として書いています。そう思う人もいるんだなと思いながら読んでいただけたらと思います。

 

 

昨日のインスタライブで少し話しましたが、「鬱は真面目な人がなる」って言葉、それ自体に違和感がある私です。

 

その場しのぎなのかなと思うのです。

 

当たり障りのない無責任な言葉。

 

鬱の人に頑張れ!は禁句。

頑張りすぎだよ  も、頑張りを否定されてるみたいでダメ。

好きにしていいよ は、突き放されたみたいでダメ

 

使えない言葉ばかりです。

 

私は、母の鬱と付き合って35年です。

私の人生の3分の2です。

 

毎日の生活の中で、使う言葉を選ぶ。

日々の顔つきや目の様子、声色でその日の体調を観察する。

 

そんなことを35年も当たり前のようにやっていますが、当たり前って、感覚を麻痺させちゃうから怖いですね。

言い換えると、麻痺しないとやれないってことなのだろうけど。

 

 

インスタライブも話しましたが、私は厳しいです。

家族だからこそ厳しい。というのもあるのですが、それは自分を無くすほど頑張るって何?っていつも疑問に思うからです。

楽しんじゃダメなの? ラクしちゃダメなの? 人生は修行なの?

 

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娘のことを認識できず、『犬』と言うくらい、クラッシュした姿を見せられた私は、結局、母は自分のことだけなんだなと思ったのです。

 

自分が苦しい

自分が辛い

自分が頑張っているのに

自分が

自分が

 

だから、自分は悪くない

 

自己憐憫と承認欲求のループにハマっていく。

 

 

その後、子供が大事だと言われてもね、私の中では薄っぺら〜く感じましたね。

 

確かに、そこに母の子に対する愛情はあったのでしょうけど、『自分が親に大事にされなかったから、私は自分の子供には同じことをしない』という、見返してやるって気持ちが隠れてることも見え隠れしてたしね。実際、後にそう言ってたし。

 

他に楽しいことはないのかよ?

って思ってた。

私が楽しそうにしていることを、喜んでるようで喜んでなかったし。いつも”心配”という名前で、足を引っ張る。嫌だったな〜

 

 

結構、冷静な高校生でしたね。

そして、私が深く傷ついていたことを、ずっと後になって知ることになりました。

 

それが今。35年の時を経て炙り出し、昇華中です。

 

 

 

 

よく、家族のために自分が我慢するって言うけれど、それにも限度があって、家族が大事なら、自分を壊しちゃダメでしょう?自分を大事にしなくちゃ家族に迷惑をかけるっていう発想にはならないのかな?

と、思うわけです。

 

これは、家族側の立場としてね。

 

 

できない。無理だ ってどこかで白旗を上げれば、助けれたし、助けてくれる人はいただろうし、セラピーだってある。話を聞くことを仕事としている人だっています。

誰かに話を聞いてもらいたいって言えば、聞いてくれる人もいる。

 

でも、差し出した手を取らないから助けようがないんですよね。

 

 

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こんなのもうヤダ!変わりたい。

 

 

そう本気で思うなら、まずは習慣を変えるしかない。

行動・食事・生活リズム・運動 そして環境

 

体が使えるようになると、物事の受け取り方自体が変わります。思考が変わり、行動が変わっていく。

 

今までの癖を変えるには時間も根気も必要ですが、自分の癖を受け入れながら変えていくにはこれが良いと思います。

 

 

 

逆に、変わらないことを自分で選んだのであれば、それはそれでいいですよね。

 

変わらないことを選んだから、当然、変わらない鬱々とした日々が続くのだけど。

 

 

だけど、本人は鬱々とすることを受け入れることはできないのです。

 

そして、また鬱々と深みにハマっていく。

 

ここで気づいて欲しいのです。

 

それは結局、本当の自分はそれを望んでいない

 

と言うことに。

 

 

 

 

嫌なものは嫌だと言え!

好きな物は好きだと言え!

誰かが、思いを汲んでくれると思うな!

 

自分の中心とちゃんと繋がって声を拾って。

 

したくないと思いながら自分を押し殺してる。

自分の本当の思いを無視し続ける。

 

そうやって

自分に小さな嘘をずっとついて、自分を傷つけてる。

 

これが1番ダメ。

 

 

 

それができたら、鬱になってないって声が聞こえそうだけど、その発想自体がどうなの?

 

考えても答えが出ないものって沢山あって、それは行動して体験してみてやっと答えが出るものなんだと思う。

 

経験するからこそ、次のステップに進める。

 

 

社会にいたら、折り合いをつけなきゃいけないことばかりですよね。

だけど、自己犠牲とは違う。自分が我慢すれば上手くいく。

それは、その時だけです。

 

調和とは、関わる人の間で生まれるものです。

だから、自分の考えや思いを伝え合わなくちゃならない。

 

 

自分の心を守れるのは、結局自分だし、自分を変えることができるのも自分なのです。

 

薬では治らないし、周りの家族は、それをサポートすることしかできないのです。

 

 

 

 

余談ですけど・・・

若い子に鬱が多いって知ってますか?

 

うちの息子も鬱になりましたけど、引きこもりもしましたけど、今は元気です。

 

頭の硬い大人が、古い価値観で若い子を雁字搦めににしないであげて欲しいです。恐怖を植え付けないで欲しいです。

私は、籠の鳥化してしまったから反省の意味を込めて。

 

大人が変わらなくちゃ!!

若い子は・・・なんて嘆いてる場合じゃないですよ。

そんなクソジジイとクソババアが変わらなくちゃ。

 

大人が教えてあげるのは、自分で選択することの意味と考える時間。答えじゃない。

 

若い子には、”世界は広いんだから、たった一人の大人の言うことを信じるんじゃないよ。もっと沢山の大人と関わって欲しい”と伝えたいなぁ。

 

 

 

 

鬱って、誰にとってもしんどい。

本人も家族も。

 

闘病中の方はゆっくり、ゆっくり、自分を取り戻して欲しいです。

予備軍の方は、自分の目を外側じゃなくて内側に!!

 

 

ではまた〜♪

 

 

 

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シェアしたいと思います

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ミチコ