こんにちは
Maruです。
京都にある、龍安寺の有名な石庭はご存知でしょうか。
いつ、だれが何のためにどんな意味をあらわして作ったのかは明らかでなく、様々な説があるそうなのですが、
以前、久しぶりに京都に旅行に行くことになり、あちこち観光案内を見ていたのです。
湯豆腐どこで食べようかな〜
とか。
そして龍安寺の石庭の写真を見ていたその時、
写真を見ている自分のなかで、
突然
「あのときはどんなに求めても分からなかったが、今ならば分かる!
これは意識の場から事象が立ち上がる、まさにその創造のはじめのところを表しているのだ!!」
と禅僧らしき男の人が、石庭を見ながら泣いて喜んでいるビジョンが起こりました。
どうやらその人はずーっと分かりたくて分かりたくて、でも分からなくて、そのまま生涯を終えたようなのです。
あまりにハッキリとしたビジョンだったので
これは過去世かな?とか思ったのですが、
そのビジョン以来、
その石庭の写真を眺めていると、
その意識場から現象よりに一歩出た、
その創造のはじめのところで感じられる、
甘い愛の感覚が
いつも起こって来ます。
これは瞑想で感じられることのある、
甘い感覚と同じです。
意識そのものの中では、
ひとはあまりに甘すぎて、濃すぎて逆に愛の甘さを感じることが出来ず、
一歩現象よりに出たところで愛の甘さを感じるのだそうです。
あなたもわたしもその甘すぎる愛で出来ています。
これからはその視点を持ちながら、
現われである日常を楽しむ時期が来ています。
全てが在る。そのなかでどう創る?
まずは1番近い自分の
分離からの統合を進めてみませんか

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お読みくださり、ありがとうございました