叱ったあと、子どもの目が冷たくなる──その理由を心理学で読み解く
ノースカロライナの朝は、ゆっくりと明ける。冬の朝日が窓から差し込み、キッチンで朝食の準備をしていると、3歳の息子が牛乳をこぼした。床に広がる白い水たまり。焦りと疲れが一気に噴き出して、つい声を荒げてしまった。「何度言ったら分かるの!?」その瞬間、息子の目が変わった。泣くわけでもなく、謝るわけでもなく。ただ、何かを閉じたような──そんな冷たい視線。拭き終えた床を見つめながら、心の中に残ったのは、後悔だった。怒りは一瞬で消えたのに、息子の表情に残ったぎこちなさは、一日中消えなかった。なぜ、私たちの叱り方は、伝えたいことではなく、こんなにも違うものを残してしまうのだろう。子どもを叱るとき、私たちは「良くなってほしい」と願っている。でも、その思いが届かないどころか、逆に心を閉ざされる。そんな瞬間に、誰もが直面したことがあるはずだ。叱り方には、2つの種類がある「叱る」という行為は、愛情の裏返しだと言われる。でも、その愛が届く叱り方と、逆に子どもの心を傷つけてしまう叱り方には、明確な違いがある。その違いを理解すれば、私たちは、もっと楽に、もっと温かく、子どもに向き合えるようになる。ノースカロライナで過ごす日々の中で、私は何度も「叱る」という行為について考えた。アメリカの親たちの関わり方を見ながら、日本での当たり前を疑い、心理学の知見に照らし合わせながら、自分なりの答えを探してきた。今日は、その探求の中で辿り着いた、叱り方の本質について、お話ししたい。「行動」を叱るか、「人格」を叱るか私たちが無意識に行う叱り方の多くは、実は「子どもの行動」ではなく「子どもの存在」を否定する構造になってしまっている。「何度言ったら分かるの?」「どうしてできないの?」「お兄ちゃんなんだから」これらの言葉に共通するのは、結果や能力に焦点を当てた叱り方だということだ。心理学では、これを「人格への批判」と呼ぶ。行動そのものではなく、その子の「在り方」に矢印が向いてしまうと、子どもは「自分がダメなんだ」という解釈をする。一方で、効果的な叱り方とは、「行動」に焦点を当てる。「牛乳をこぼしたら、床が濡れて危ないよね。次は気をつけよう」「叩いたら痛いよね。言葉で伝えてくれる?」この違いは、シンプルだが、決定的だ。前者は「あなたが悪い」というメッセージ。後者は「その行動が問題だ」というメッセージ。子どもの脳は、まだ「行動」と「自分」を切り分ける力が発達していない。だから、行動を叱ったつもりでも、人格を叱られたと受け取ってしまう。そして、その積み重ねが、自己肯定感を削っていく。私たちはなぜ、無意識に「人格を叱る」のかでは、なぜ私たちは無意識に「人格を叱る」言葉を選んでしまうのだろう?それは、私たち自身が、そう育てられてきたから。「どうしてそんなこともできないの?」「お姉ちゃんなんだから」「ちゃんとしなさい」私たちの世代は、こうした言葉をかけられて育った人が多い。だから、無意識のうちに、同じパターンを繰り返してしまう。心理学では、これを「世代間伝達」と呼ぶ。自分が受け取った関わり方を、無意識に次の世代へ引き継いでしまう現象だ。でも、私たちは「気づく」ことができる。自分の声かけのパターンを、客観的に見つめ直すことができる。その一歩が、すべてを変える。私が試した、もうひとつの叱り方ある日、娘が宿題をやらずにYouTubeを見ていた。私は「また見てるの!?」と声を荒げそうになった。でも、一度立ち止まった。なぜ、私はこんなに苛立っているのか?それは「宿題をやらない」という行動に対してではなく、「私の言うことを聞かない」という感情的な反応だったことに気づいた。そこで、違うアプローチを試してみた。「宿題、終わったの?」娘は、ハッとした表情で「ううん、まだ」と答えた。「じゃあ、先に終わらせてから見ようか。あと15分で夕飯だから、それまでにできる?」娘は素直に「分かった」と言って、タブレットを置いた。このとき、私が変えたのは、「行動に焦点を当てる」ことと、「選択肢を与える」ことの2つだった。命令ではなく、問いかけ。否定ではなく、提案。この小さな変化が、子どもの反応をガラリと変える。心理学が教える「叱る5つのステップ」心理学者のジョン・ゴットマンは、親子間のコミュニケーションを「感情のコーチング」という視点で研究した。その中で、効果的な叱り方には、5つのステップがあることを明らかにしている。① 子どもの感情に気づく② 感情表現の機会と捉える③ 共感し、理解を示す④ 感情に名前をつける手伝いをする⑤ 行動の限界を設定し、問題解決を助けるこのプロセスの中で、最も大切なのは「共感」だ。「イライラするよね」「悔しかったんだね」「疲れてたんだね」まず、子どもの感情を受け止める。そのうえで、「でも、叩くのはダメだよ」と行動の限界を伝える。この順番が、すべてを変える。なぜなら、子どもは「分かってもらえた」という安心感を得てから、初めて「ダメなこと」を受け入れる準備ができるからだ。アメリカの母親が教えてくれたことノースカロライナで出会ったアメリカの母親たちは、この「共感→行動の限界設定」の流れが、驚くほど自然だった。公園で、男の子が友達のおもちゃを取った場面を見たとき、その母親はこう言った。「That was fun, right? But you need to ask first.(楽しかったよね? でも、まず聞かないとね)」叱る前に、まず「楽しかった」という感情を認めた。そのうえで、「でもルールがある」と伝えた。この違いは、子どもの受け取り方を根本から変える。私たちが「ダメ!」と叱るとき、子どもが受け取るのは「否定」だ。でも、感情を認めてから叱ると、子どもが受け取るのは「理解」だ。完璧じゃなくていい──「修復」の力もちろん、理想通りにいかない日も、たくさんある。感情的になって、つい怒鳴ってしまう日も、ある。でも、そのあとに「さっきはごめんね」と言えるだけで、十分だ。心理学者のダニエル・シーゲルは、「修復」の重要性を説いている。完璧な親である必要はない。むしろ、失敗したあとにどう関係を修復するかが、子どもの安心感を育てる。「さっきはママ、怒りすぎちゃった。イライラしてたんだけど、言い方がよくなかったね」この一言が、子どもに伝えるのは、2つのこと。ひとつは、「感情は誰にでもある」ということ。もうひとつは、「間違えても、やり直せる」ということ。この「修復」のプロセスこそが、子どもに「失敗しても大丈夫」という安心感を与える。叱ることは、愛すること叱ることは、悪いことじゃない。むしろ、必要なことだ。子どもが社会のルールを学ぶために。他者との関係を築くために。自分の感情をコントロールする力を身につけるために。でも、その「叱る」という行為が、子どもの心を育てるのか、傷つけるのか。その分かれ道は、私たちの「言葉の選び方」と「タイミング」にある。あの朝、牛乳をこぼした息子に、私は後から言った。「さっきはママ、怒りすぎちゃった。びっくりさせてごめんね」息子は、少し考えてから、小さく「いいよ」と言った。その言葉に、私は涙が出そうになった。子どもは、いつも、ちゃんと見ている。私たちの感情も、疲れも、全部。だから、完璧じゃなくていい。ただ、子どもの心に寄り添おうとする、その姿勢だけで、十分なのだ。おわりに叱り方に正解はない。でも、子どもの心を大切にしようとする気持ちが、いつも正解に近づけてくれる。今日、もし怒鳴ってしまったとしても。明日、また「やり直そう」と思えたなら。それだけで、あなたは、素敵な親だ。今回のテーマについて、子どものやる気と自信を育てる声かけのコツを、具体的なシーンとともに解説した動画も配信しています。家事や育児の合間に、ラジオ感覚で聞き流していただけたら嬉しいです。▼関連動画はこちら▼チャンネル登録もぜひお願いします https://youtube.com/@kosodate_sinri_note?si=NtfHqULCHrEB7U_b