ひとつ前の記事で、
「自分の奥底にあるけれど、まだ引き出せていない欲求」について、
今の自分の回答を見つけたと書きました。


それはですね、、、


本物の素材でジュエリーを作りたいゆめみる宝石

ということです。



誰にも言ったことはなく、でも前々からほんのり自分で気づいてはいて、
見ないように考えないように、していたというのが正直なところ…です。


手元にある、自分に扱える素材でアクセサリーを作っていたとき、
もっと思い通りの形のものを
宝石と貴金属で作ってみたいな
って、ふと思うことはありました。
でも、難しいよな〜…と無かったことにしてました、ごめんよわたしのなかの希望ちゃん。



本物の素材でジュエリーを作りたい。


この想い、どうやら、
本当にしたいみたいなのです、うん。
この人生で実現できたら最高だなって思います、その感覚だけは、はっきりとしています。
どうやってジュエリーを作るのか知りもしない今だけれど、真剣な目で作品に向かっている自分の姿は、意外と簡単に想像できたりして不思議なものです。

(追記:あと大事なこと書き忘れててスマホのメモから見つけました↓↓)

ビーズや刺繍糸で描いた
小さな絵のイメージも見ました。

自分ではしなさそうな
意外な色遣いだったなぁ。
光り方がとてもきれいでした。

これもわたしの欲求だと思います。
したことないけど、
描いてみたいと思っています。
(追記おわり)





冬眠中に気分が落ち込み気味なとき
スマホで、ファッションとコスメと、
特にジュエリーの写真を探して眺めていると、じわじわっとエナジーが満ちるのを感じたのでした。


部屋に置いてあるクリスタルガラスのキラッとした光や、ぼんやり発光しているかのような原石達の色を見ていても元気をもらえます。


…そういえば高校生の頃から、塾に通う行き帰りのときに買ったハイファッションの分厚い雑誌を、飽きずに眺めていたなぁと思い出しました。ヒキコモリ時間の素敵なお供でした。
VOGUEとかSPUR、あとは個性的なスタイリングの多かった装苑も好きでした。
雑誌はほとんど処分しましたが、捨てる前に最後にもう一度見直して、特に気に入った写真を切り抜いてコラージュブックを作りました。

そのコラージュブックは今も持っていて、アクセサリーを作るときのイメージの源になったり、ただ眺めて癒やされたり、大切にしています。好きな世界観を詰め込んだアイデアソースです。






大好きなものを思い出したついでに、わたしのアクセサリー&ジュエリー遍歴、いや、偏愛歴?を年代ごとにまとめてみようと思います。



✦✦✦わたしのアクセサリー&ジュエリー偏愛歴指輪✦✦✦




✦シードビーズといわれる2、3ミリの小さなビーズで遊び始めたのが5歳くらいのときでした。
最初に作れるようになったのは、母に習ったお花の指輪。



それを色違いで作る以外は、ビーズが一緒くたに入ってる缶から色別に集めて並べる、特にきれいな虹色の光沢のものだけ集めたり、集めてそして眺めてうっとり…という地味な遊びに熱中しました。


✦小中学生の頃は学校に疲れたり習い事や塾に忙しくなり、そんなひとり遊びから遠ざかります。


✦不登校になった高校生の頃には、金具とビーズを組み合わせることを覚えて、作れる作品の幅が広がった喜びを感じました。

当時のピアノの先生がビーズアクセサリー作りが趣味で、立体的な手の込んだリングの作品を、たくさん見せてもらったことがありました。
可愛くて上品でオトナな感じに仕上がったリングがいくつも並んでる箱を前に、先生はレッスンのときとは違う、柔らかな楽しそうな表情で作品のことをいろいろ話していました。いい香りの紅茶をごちそうになりながら、説明する先生の声が弾んでいて、女子の幸せだな〜って思えるような時間でした。
作り方を知りたいなと思ったのだけど、当時はあんまり人とお喋りできなかったので(言葉が喉に詰まって、はい、わぁ、すごい、くらいしか言えなかったなぁ…笑)
結局言い出せませんでしたが、いいひとときでした。
わたしの着けていたビーズの指輪をいいねっと言ってくださり、近づいてあちこちの角度から眺めていらっしゃって、可愛い素敵な先生でした。

思い出してみるとピアノの先生から多くの影響を受けています。
カラフルな天然石の原石が先生のお家に飾ってあって、わたしも子どもの頃から海辺の石(笑)とかを好むタイプだったので、興味を持って色々と名前を教えてもらい、お守りとして持ったり部屋に飾ったりするようになりました。
アクセサリーにも天然石のビーズを使うようになりました。


20代はじめ頃に作った天然石ビーズを使ったネックレス↓


ローズクォーツと、アメジスト、水晶の仲間は透明感があって好きです。
このネックレスたちは最近あんまり使っていないので、作り変えようかと思っているところです。



✦東京に遊びに行く機会があったら絶対行こうと思っていた貴和製作所(アクセサリーパーツ屋さん)に、20歳頃のときに初めて行ったら、作品をもっと作りたい欲に火が付きました。材料の品揃えがものすごく多くて、地元の手芸屋さんでは見たことがないほどのラインナップに圧倒されました。
見本の作品やディスプレイのキラキラな世界感にどっぷり浸って、何時間でもここに居られそう…と夢見心地で思いました。

スワロフスキークリスタルのビーズでないタイプのものの(穴が無くてジュエリーのようなカットが施されている)豊富な品揃えにはとても心が踊りました。そのときは扱い方がわからなくて選びきれずに買いませんでした。
そのタイプを使った作品は、福岡県にも店舗が出来た20代後半の頃に、やっと作りたいものが分かってきて作れるようになりました。



✦20代半ばには、脱ヒキコモリしようと思い、なにか社会に参加してみようと知人に誘われ習い事をしてみた時期がありました。そこは、半分は習い事のスクール、もう半分は女性のひとり起業塾のような講座がありました。
その中からシルバーと天然石ビーズのアクセサリー講座を数回受講しました。前から好きでホームページを見ていた作家さんのデザインを学べるというものでした。

シルク糸を結ぶ技法を初めて知って、完成したブレスレットがしなやかに手首に沿って揺れるところに感激しました。着けていて気持ちが良くて夏によく活躍しています。
講師の方から貸して頂いた上等な道具の使い心地にも感激でした。

講座は他にもアロマやセラピーなども受けてみて、アロママッサージの講師の方からお仕事してみませんかとお誘いがあったのですが、あと一歩の勇気が出せませんでした。自分で何か起業するにも至りませんでしたが、いつかわたしも好きなことを仕事にしたい、という種はこの頃にはもう撒いていたのかもしれません。



✦20年の後半は忙しく、パーソナルブランディングセミナーと、かけもちのバイトと、新たな趣味のフラに精を出していました。3年ほどは一旦アクセサリー作りから遠ざかるのですが、再び作りたい欲がむくむくと出てきます。
きっかけになった出来事がありました。


わたしが急激にたくさんの人付き合いをし始めて変化したことで、疎遠になってしまった、かつて仲の良かった友人がいました。
疎遠になってから2~3年経った頃、またご縁を繋ぎなおしたいなと思って、誕生日プレゼントをお手紙と一緒に送ることにしました。その子をイメージした、ひまわりの花のような太陽のようなイヤリングを作りました。渡したのは3年ほど前ですが、今でもたまに遊ぶとき着けてくれていて、あのとき勇気を出してプレゼントを贈ってよかったなと、見るたびうれしく思います。


そのイヤリングを作るときに、がんばって新しい技法を習得しました。YouTubeを見て、針と糸を使うビーズステッチというものを学びました。緻密な作業にはまって、色々な組み合わせで作りました。






たくさん出来たので、自分では使いきれないから販売してみようと思いました。別の友人のアドバイスのもと、minneというサイトに載せてみました。結果、全く売れなくて落ち込んで、売れるまで待ちきれず、すぐに非表示にして引っ込めたことがあります…。それが2年位前です。




✦ざざっと思い出してこれまでの偏愛歴を書いてみました。長文になりましたが、好きなものの話は熱くなってしまって止まらないですね。


これまでは色々なビーズや金具を集めては、自分や友人のためのアクセサリーを作ってきました。
近年はスワロフスキークリスタルのジュエリーライクに見えるようなものを作ってよく身に着けていました。




✦現在のジュエリーボックスは手作りと本物、頂き物のヴィンテージとまぜこぜです。

いつも見えるようにしてるお気に入り達。
キラキラを感じられることが幸せです。




✦結婚を機に母からダイヤと金とプラチナのリングを譲り受けました。毎日のように着けていると、やはり石の輝きや肌に感じるエネルギーが違うなと感じられました。


ビーズのカラフルで自由自在なところや、気軽に楽しめるところも好きなのだけれど、より好みのど真ん中なのは貴金属や宝石の方なのだなと32年生きてみて分かりました。30代になったから本物がしっくりくるようになってきたというのもあると思います。まだまだオトナには程遠いと自分では感じますが、それなりに落ち着いてはきたので(苦笑)。

母のリングはお守りとして大事に持っていたい、わたしの初めてのダイヤモンドです。



パールも大好き♡



それでは振り返りはこのくらいにします、わたしのアクセサリー&ジュエリー偏愛歴でしたダイヤモンド




このブログ記事を書いている最中に、ひとつ心の傷が癒やされた気づきがありました♡

それは、わたしがキラキラしたものを作ることに興味を持った始めの体験をさせてくれたのは母だったというのを思い出せたことです。
始めて作ったビーズの指輪がうれしかったから、その後も作り続けているのだと思います。

2020年の振り返りの記事では、アクセサリー作りを仕事にすることを母に全否定されたように感じて、行動できなくなってしまったという話を書きました。でも、もう動き出すことができる気がしています。
わたしのキラキラを作る喜びの、始めのきっかけをくれたのは母だったと思い出せたからです。今更認めてもらおうとしなくたって、すでに許可されていると思うことにします。
もう、好きなことを貫くことに罪悪感を抱えなくていいよって、わたしの肩の荷を降ろすことにします。



本物の素材でジュエリーを作りたいゆめみる宝石

どんな展開になっていくのかな、
わかりませんが、楽しみ楽しみです。