冬眠期間が3週間くらいになりました。
冷え込みも相まって
なかなか起きられません。
起きている時間がほんの少しで、
目が覚めていても
何かする気持ちが起こらなくて
横になってることが多いです。
このままでいいのか…?
ちょっとだけ焦りが出たりします。
でも、とりあえず今この瞬間は
何もしなくていい、
そんな自分を許そうと、
焦りが出る度に気持ちを切り替えてきました。
今、そう書いていて
じわっと涙が出てきました。
何もしなくていい、と
自分の言葉を目で読んで
体が急に、ほっとして
ゆるんだ感じがありました。
休んでもよかったんだな、と。
(ここまで書いて一旦保存しました。)
昨日、夕飯に呼ばれた後で
どうにも眠くて寝落ちして、
遅れて食卓に着きました。
眠ってしまって遅くなったことを
ゴニョゴニョ言い訳していたら母から
「好きなときに起きたらいいよ。」
と明るく言われました。
え、そーなのか……
なんだか拍子抜けして
また体の力が抜けて、ゆるみました。
休むことに許可を出すこと。
長〜い時間をかけてきて、
(頑張り屋だった高校生の頃から15年以上)
まだまだ
本当にいいのかな…
寝てていいのかな…
このままで大丈夫なのかな…
そんな恐れが消えないのかもしれません。
休んだら成績落ちちゃう!
(今はもう学生じゃないのに。笑)
→そしたら自信が無くなってしまう。
このままじゃ退学になるかもしれない…
→居場所が無くなってしまう。
→将来の可能性も狭くなってしまう。
…みたいな恐れの気持ちの欠片が、
まだ体の中からゼロにはなってない感じがします。
いまだに似たような気持ちが蘇ってドキドキすることがあります。
最近だったら、寝てばかりで
家族に愛想つかされてしまうなとか、
家に居させてもらえなくなるかもとか、
そんな気持ち。
ドキドキドキ、、、
でも、その、無くなるかもと恐れてた
自信
居場所
可能性って
それ失くしても大丈夫なものだよ、と
高校生だったわたしに伝えてあげたいです。
もっと自由なそれらを
後にあなたは見つけるよ、って。
他人と比較して優位に立ったときにだけ持てる自信はただの傲慢だし、
誰かが作ったルールをはみ出しちゃいけない居場所はそのうち苦しくなる、
誰も経験したことのないことの方が、
安全なルートよりも可能性が広いというのとに
当時は全然気付いていなかったんだなと、
なんだか背筋が寒くなります。
もっと温かくて自由で
優しい生き方が、
これからは出来そうだよ、と
昔のわたしに聞かせたいです。
理解できなかったとしても
耳に入らなかったとしても
側で声をかけてあげます。
「休んでいいよ。」
「好きなときに起きたらいいよ。」
自分ひとりの世界で
自分に優しくしていたら、
周りもそうなっていたという経験をできました。ありがたい気持ちになりました。
昔に聞きたかった言葉を
時を経てもらうことができたのは、
生き続けていたからこその
ご褒美だなと思います。