思い返せば…病気になってから、たくさんの友達がいなくなった。みんな足を踏みしめてどんどん前に行ってしまう。
私は踏みとどまる。
それは茫然。先に行ってしまった人たちの足跡をずっと眺めながら。しんがりを務めている訳でもなく、ただ恍惚と、既に灰色の世界となった景色とともに埋もれる。
私は踏みとどまる。
それは焦燥。忘れ物を探すかのように。ただただ塵埃の漂う小さな小屋で、万能薬を求めて。那由多の砂からダイヤを掘り当てようと、必死にもがく。答えはそこにはないのに。
私は踏みとどまる。
それは追窮。一人の街に、一人の怪盗と一人の刑事がいがみ合う。狡猾にも怪盗は、全ての答えを持って逃亡してしまった。刑事はまたいそいそと支度をして追いかける。
思い立ってゆっくり歩き出す。みんなとは“逆”の方向へ───
私は遡行する。
ここは思い出の地。時計は7を指す。鏡越しから見る自分はとても活き活きとしている。ほら、また笑ってる。あんな顔もできたんだなと、少し羨ましい視線を送りながら私は感慨に耽る。
私は遡行する。
ここは後悔の地。時計は11を指す。今か今かと悪魔が忍び寄る。頼むから気付いてくれ、と何度も叫んだ。神のイタズラか、間に合わなかった。足を掴まれたその人は、見るに堪えない苦悶の表情で連れ去られてしまう。
私は遡行する。
ここは忘却の地。時計は1を指す。思い出も後悔も全部捨ててしまおうとした時、何もない空間から手紙が届いた──『断頭台にて待つ』。ついにヤキが回ったのかな。私には恐れはない。
思い立ってゆっくり歩き出す。これが最後のあゆみ──
私は目的地に着いた。時計も捨てて、覚悟も決めて。しかしそこに居たのは意外な人物たちだった。
なぜか、友達も会社の同僚もみんな居た。どうやら迎え入れてくれるそうだ。大衆に晒されて戸惑いを隠せない私は、こう尋ねる。
「どうして…?」
これ以上の言葉は出なかった。皆の期待を裏切り続け生きてきた私に、これ以上何が残るのか。
《 今までの労苦は必ず活きてくる。宝だ。それだけは忘れるな! 》
口並み揃えてこう答えた。さらに加えてこう言う。
《 お前の足跡も残っているじゃないか。それが生きてる証だ 》
それは確かな身分証。免許証や保険証よりも、もっと大事な身分証がこれまでの足跡だ。全身の緊張が弛緩した瞬間、なんだかとても眠くなってきた。
目が覚めたら明日はまた来てる。なんだ、自分もちゃんと歩いてるじゃないか・・・