金曜の昼下がりだった。
自動車教習所に通っていて遅くなった出勤が今日はさらに遅くなった。
間もなく1時を回ろうとしていた。
萌華(もか)はまだ会社の近くの駅までしか来てなかった。
自分のことでみんなに迷惑は掛けられない。
萌華(もか)は改札を抜けると意を決した。
会社まで走っていこう
歓波(わいは)からドラえもんのポケットのようだといわれたいろんなものが入っている大きなリュックの肩ひもをきゅっと引いた。
背中に平らなものが当たる感じがした。
いつも持ち歩いているゲーマー仕様のノートパソコンだ
背中でリュックが暴れないようにリュックのスリングを縮め、ウエストハーネスもしっかりと締めた。
これで走っても安心だ。
萌華(もか)は萌華(もか)なりに猛ダッシュで会社まで走った
コルセットダイエットの成果だろうか。
今までなら駅を出て駅前の交差点を渡るだけでも息切れがしたのにその次の信号に赤で止まるまで走れた。
信号が変わると同時に再び走り始めた。
会社のある雑居ビルまで5分もかからずに到着した。
しかし1時は回ってしまった。
エレベータの中で息を整えながら会社に飛び込んだ。
電子タイムカードをタッチすると、周りにあいさつしながら自分の席へと向かっていった。
その姿を歓波(わいは)が見つけた。
「モカッチャおはようっす」
息を切らせながら必死に萌華(もか)も挨拶を返した。
「歓波(わいは)ちゃん、おはよう」
萌華(もか)の勤める会社も営業会社の多分に漏れず挨拶はいつでも「おはよう」だ。
「モカッチャ、汗凄いっす、顔真っ赤すよ」
社内で疎まれている歓波(わいは)の行動を同僚が見逃すはずもなかった。
すでに何やらぶつぶつ文句を言い始めていた。
そんなことは全く意に関せず、歓波(わいは)が萌華(もか)の席までついてきた。
萌華(もか)はデスクに荷物を降ろすと大きく息を吐きだした
普通の人ならここで深呼吸となりそうなところだが、萌華(もか)はコルセットをしている。
コルセット中に激しい運動はよくない。
しかし、こうなることが分かっていた萌華(もか)はコルセットをきつく締めあげていなかった。
とは言っても、肋骨を大きく広げて息を吸い込むようなことはコルセット中はできない。
だから肺の中の空気をできる限り絞り出して新鮮な空気を取り込めるようにしたのだ。
これは特に難しいことではない。
コルセットをいつもしている人なら自然と身についてしまうものだ。
萌華(もか)は座席にドスンと腰を落とし、ほっとした表情を浮かべた。
「モカッチャ持ってきたっす」
正社員として正式に採用された歓波(わいは)は、記名捺印済の雇用契約書、がさつな歓波(わいは)なら絶対なくしているだろうと思っていた年金手帳、預金通帳、銀行印をパウチに入れて持ってきた。
前回しわくちゃになった未記入の確定申告書を出された時とは大違いだった。
しかし、そのパウチが書類用のものでなく食品用のジッパー付き保存袋だった。
「歓波(わいは)ちゃん・・・この袋・・・」
「これなら水に濡れても大丈夫っす」
ほんの1週間前の歓波(わいは)と比較したら袋のことなんて大したことではなかった。
萌華(もか)は感動した。
萌華(もか)は次の書類を渡した。
「まだ何か書かないといけないっすか正社員は大変っすね」
「これは会社とは関係ないよ。クレジットカードの申込書」
「クレジットカードっすかワイは現金主義なんすけど」
「ここの仕事だと時々ライバル会社の商品を試買することもあるから、クレジットカードは必須だよ。それにカードないとネットショッピングで不便じゃん」
「そっすね」
「自著欄以外は全部埋めてあるから、あとはパス番号と、サイン、それと銀行印を押せば終わりだよ」
「わっかりました~」
「もしかして、歓波(わいは)ちゃん、今日私のことずっと待ってたの」
「はい。モカッチャなかなか来ないから心配したっす」
「へへへ、心配ご無用っす」
「あ~、ワイの真似っすか」
「そだよ」
「今度は主任の真似っすか」
「ほ~ら、本庄」
「部長の真似まで・・・いいんすかチクっちゃいますよ」
「歓波(わいは)ちゃんって面白いねあのね、私ね・・・今日遅くなったのは・・・」
「何すか」
「卒検受かった~」
「マジっすかすごいっすじゃああとは本免試験だけっすね」
「うん。」
「車はどうするんすか」
「・・・。」
素直に喜んでくれる歓波(わいは)にどう答えてよいか悩んだ。
まさか正直にじいちゃんが買ってくれたなんて言えるはずもなかった。
「どうしたんすか」
「う~ん」
「モカッチャはお金持ちだから新車がいいすよ」
「うん・・・」
「なんか浮かない顔っすね。」
「そんなことないよ。実は・・・」
「正直に話さんとマジしばくぞ、ごら~」
歓波(わいは)がいきなり凄みをきかせてきた。
しかし、目が笑っていたから、臆病な萌華(もか)にもそれが冗談であることは分かった。
「実はじいちゃんが買ってくれた」
「まじっすかすげーっすモカッチャ、羨ましいっす」
「そんなことないよ」
「そんなことあるよ」
しばらく萌華(もか)の家族の話になった。
「モカッチャ、ワイ、マジでモカッチャの家族に会いたいっす大家族はワイの憧れっす。マジに日曜日遊び行きます」
「うん、私も待ってるよ」
「あと、もう1個モカッチャに見てもらいたいものがあるんすけど・・・」
「な~に」
「コルセットのことなんすけど・・・」
「えっ、今はヤバいよ帰りでもいい」
「いいすよ」
すると突然美咲が現れた。
「よかった、歓波(わいは)ちゃん、こんなところにいた」
「なんすか」
「今日仕事終わったら、空いてる?」
「空いてないっす今日はモカッチャと約束したっす」
「よっかたぁ。それは空いてるっていうの萌華(もか)ちゃんもOK」
「大丈夫です」
「由喜枝さんが歓波(わいは)ちゃんとタイマン張りたいから、とりあえずメンチ切って来いって言われて・・・」
「誰っすかワイ、ヤンキーじゃないっすからお断りっす」
「冗談よ、由喜枝さんからそう言えって言われたからそう言っただけで・・・」
「そうっすか、でも誰っすかその人」
「コルセットの神だよ」
「マジっすか」
「マジっす。いい加減仕事に戻りましょう」
由喜枝さんがいるならコルセット談義はかなり盛り上がるだろうなと確信した萌華(もか)だった。
To Be Continued...
■登場人物紹介■
浦埼 美咲 (うらさき みさき)
主人公28歳。独身。彼氏あり。
恵比寿のアパレルメーカー(エンジェルスシンジケート)でネットやカタログ向けの画像加工を行う部署でお仕事中。
自宅は大都会埼玉の大宮駅から少し先のJRの駅からすぐのところに家賃8万円の1LDKに乗り換えなしで職場に通えるというだけの理由で一人暮らし。
性格は周りから周りからちょっとちやほやされてみたい気もするけど、目立つのは苦手という結構ありがちなタイプ。
案外見栄っ張りな一面もある。
大関 萌華(おおぜき もか)
美咲と同じエンジェルスシンジケートで経理課に勤める。
Hカップの巨乳の持ち主といえば聞こえがよいが、肥満の家系に生まれ育つ。
子供のころのあだ名は横綱。
コルセットで急にカッコよくなった美咲にいち早く気づきコルセットダイエットを決意する。
美咲と同じ電車で通勤している。
美咲より数駅遠い町で祖父母と両親、兄3人と暮らす。
大関一家(年齢順)
祖父:寅(とら)
祖母:桂(かつら)
父 :健人(けんと)
母 :貴理子(きりこ)
長男:塁(るい)
次男:コナン
三男:三斗(さんと)
長女:萌華(もか)
本庄 歓波(ほんじょう わいは)
エンジェルスシンジケートの珍入社員でどこまでも問題児。
自分の気に入ったものにはとことん固執するのにそれ以外はとことんずぼら。
早合点で超短絡思考でおバカを絵にかいたよう。
自分勝手な性格と誤解されやすく取りつきづらいイメージを持たれ孤立しがち。
しかし本当は・・・。
阿倍 沃(あべ よう) 商品開発部長
会社で一番の美人で、モデルもこなし、仕事もできる。
社長の愛人という根の葉もない噂もある。
女子社員は陰で「倍沃」(べよう)と呼んでいる。
本人はそれに気づいているが、そのことはまんざらでもないらしい。
なぜなら倍沃(べよう)はコルセットダイエットの一番人気のバーヴォーグ(Burvogue)の漢字名だからである。
そして今では美咲にとってのコルセットの師匠でもある。
秋ヶ瀬 翔太
美咲の彼氏で同僚。
お人好しで頼まれたら断れない性格。
美咲にだけはなぜかやたら強気。
それ以外は未設定。
水判土 迦皇(みずはた かのん)
元フリーのSE。
萌華(もか)の兄の塁の友達の弟。
萌華(もか)が片思いを寄せている。
岩槻 陽菜
23歳。
美咲の勤める会社で派遣社員をしている。
社内ではかなりイケているルックスの持ち主。
美咲は彼氏さんの「陽菜ちゃんってかわいいよね」の一言でやきもち持ちを焼いたことから、勝手に美のライバル視している。
陽菜本人はどう思っているかは定かではない。
というかまだ未設定。
戸田 由喜枝
正社員なのになぜか不定期出勤で誰もが一目置く存在。
ミシンの達人であっという間にあらゆる服のお直しをしてしまう。
ミステリアスな存在である。
神園社長
美咲が務める会社(エンジェルスシンジケート)の社長。
高校生の娘がいる。
妻沼WEB営業課課長
美咲の直属の上司風。
課付きの課長なので実際には部下はいない。
理屈っぽく行動力はない。
ハゲデブで脂ぎっている
川里経理課長
萌華(もか)の直属の上司。
寡黙でなんでも他人事の態度。
貧相なガリガリ出っ歯。
トリサミットソン社(やしろ)先生
旧姓は小川。
両親が経営する白蓮総合病院の内科医。
ダイエット外来を担当している。
大関一家に毎週土曜日ダイエットレクチャーを実施。
■作者紹介■
)プロクビレイター(のAbooです。
世界中のウエストを くびれ させることが野望のプロのクビレイターです。
クビレイトに欠かせないものといえばコルセット
コルセットで肋骨を引き締めることでアンダーバストからヒップにかけて整形級のボディラインを作っちゃおうっていう痩身術です。
世間ではコルセットダイエットなんて呼ばれています。