2018年の今日、8月3日に父はお空へと旅立った

2015年に介護最初の入院をするのだけど

その1年前くらいから

主人の実家で義母の介護と

父の介護を1週間交代でやっていた

父の介護の1週間は義母はショートステイで過ごし

義母の介護の1週間は母がなんとか介護した

その間の料理はいる間に作っておいた

 

父が亡くなるまでに3度入院した

3度目の退院は

彼は自宅で最期を過ごしたいと以前から言っていたからで

息子が手伝に来てくれた

 

当時もブログに書いたけど

癌の末期ならモルヒネ?とかがあるのだけど

COPDは最後まで苦しかった

最期の家族の決意は睡眠剤の点滴で

眠っているうちなら苦しみが和らぐことだった

眠ったら意思疎通はできなくなるけど

苦しみから解放してあげたかった

点滴前の日に娘が一泊だけ仕事の合間に

父に会いに来てくれた

意識ははっきりしていたけど声を出す元気もなかった

それでも「〇〇だよ、わかる?」というと

1度、また2度3度とうなずいた

 

亡くなるほんの2時間ほど前に

「フルーツが少し食べたい」と言った

まるごとの桃をゼリーにしたものを

介助して食べてもらった

1週間以上何も食べていなかったのに

三分の一ほど食べたのでとてもうれしかった

 

そして主治医の往診の少し前に

眠るように逝ってしまった

あっけなかった

涙もでなくて

ただ、もう苦しまなくていいんだね

お父さん

むしろほっとした

大切な時間を父と過ごせてよかった

 

長文、失礼しました