いつも真に受けてそれを信じて邁進する子でした。
いつも一生懸命でした。
だけど成人して『馬鹿正直は馬鹿だ』と言われた事があります。
もっと大人になって『頑張るだけじゃあねぇ』とも言われた事があります。
他にもいっぱい傷つく言葉があったのですが(それまでというか人間性を否定するような言葉)今思いついているのはこの二つ。
前者は元義母。戦後のどさくさで親に育てられずにいたようです。末っ子だけどケアしてもらえなかったようで小学校にもまともに行ってなかったようです。だから識字が出来ない。自分の名前や住所は書くことができるようだけど新しい(知らない)言葉は書けないし人に『どういう漢字を書くの?』と訊けないままに来たようです。
本当に通じない。。。。方言とかじゃなくて、言語というか概念がさっぱり通じないと、動物的にしか分かり合えません。いつだったか私が結婚祝いのお返しにいただいたブランドのタオルチーフを勝手に自分の家に持って帰って台拭きにされいました。私にはそういうところ無理でした。。。(無理という範疇を軽々超えてしまっていました…)
後者は副査といって自分の直属の上司(指導教官)ではなく隣というか同じ領域の他の研究室を率いる先生。最初はこの先生と修士を出る頃に出逢って最初の面談をしたのですが、途中で所属する指導教官に私は移動したので(間に今の阪大の学長先生の面談があってそこで推薦がありました)この先生はとなりの先生という感じです。
とても頭のいい(クレバーとかスマートという印象)先生で人工知能の古くからの先生なんですが、切れ者というか、お父様も学者さんでいらしたようで、アドバイスをいただきに半年に一度面談していただくのですが、最初こそ「お、受かったんだね」と優しかったけれど途中から辛辣な言葉が出るようになりました。
たぶん私は遅いので科学者さんたちからするとお嫌だったのかもしれません。。。。(彼らは速い!色んな意味で。しかも論文的にすぐ思いついたら手を動かして実績(データ)を採取する方が間違えてても論文(記録)化できるから研究が進む(発表論文が多いというのも成果が上がっているという大きな尺度)、という絶対的判断です⇚この説明大関先生が雑談でしてくださらなかったらなぜ私が叱られていたか解らないままでした💦)
『〇〇は(私の名前)頑張り屋さんだ』と父が亡くなる前に言っていたと伯母から聞いた話を昨夜表面的にしました。
真に受けて信じて実直で何がしかの成果が出るまで頑張る人間なんですけど(ある意味頑固かもなあ…)、それが私のアイデンティティだったかもですが(どれだけ不遇な環境でも)、全否定された気がしました。
あの頃から自分が根底から揺らぎだしたのかもしれません。。。。
嫁という立場、旧帝国大学大学院の学生という立場。。。
どちらも封建的ですよね。。。。
ともすれば相対する立場の人の取り返しみたいな概念を当事者じゃなくて私にブチ当ててきます。
逃げ場がない。。。鶴の一声って本当にいくつも存在しましたから(特に大学院)。。。。
でも、、、、どうしてなんでしょうね????
何がか、というと、大関先生のように、youtubeで文科省の役員さんも視聴している中で(文科省の予算でやっている事だから)、説明してくださっているのに、なんで周りの誰も教えてくれなかったんだろう、、、、
まあ、仲間以上にライバルだしなあ(特に就職先への採用)
ええええええ。意地悪だなあ。。。。というか勉強を理解するというよりこちらの情報の搾取とか間引きとか調整とか制御とかのスキルの方が(私はこれらに卓越している人達を政治的、と呼ぶw)必要だったんだなあ、、、、
そういう意味で正直者は馬鹿を見たんだなあ。。。。嘘つかれている事、制御されている事、気づかなかった💦というか困惑したら動かなくなるので相手からするとコントロールできずにいたけどねw
そういう意味では助かったんだー!!!!!(長年の暗黒の分厚い雲に切れ目が出来るかも、みたいな感じ!!!!20年以上かかるなよw)
姑もそうだった、、、なんで教えてが言えなかったんだろう、、、私が簡単に(ストレス無く)言い過ぎ? いや相手のタイミングとかは遠慮というか考えますよ?でも知らない物を教えてって言うのって悪い事じゃないと思うんですが、、、
このblog長くなって途中削除しようかなあ、とか、読み返して、誤字脱字とか修正していたんだけど、そのうちに!!!!!って気づきました。
私、(ある意味)ずるくなかったから、なれなかったんだー♪♪♪
ま、いわば、こんなイメージ???(自分で言う???w)
あ、ちょっとというか、ずいぶんスッキリした~♪
いくら頭良くても、狡賢くても、人としてどうか、って一番根幹だと私は思うもの!!!!
いやー、ホントにスッキリしたあ、、、
