マイページの端っこに見えたのでやってみました。
きょうからなんですね。
夕方に父方の実家をずっと守って来てくれた伯母の訃報が入りました。
白寿だったと思います。
次女なんですが女系家族で男子が生まれずにいて、
それを待たずに長女が駆け落ちして出ちゃったので、
肺の具合もよくなかった伯母が長女の代わりをしたそうです。
伯母が16歳になったころ、
父が生まれました。
伯母が20歳になったころ、
末の妹を産んだときに祖母が亡くなりました。
したのきょうだいたちのお世話をずっとしてきました。
末の生まれたばかりの子、
4歳の父、
その上にも二歳違いくらいで4人の妹がいました。
いわば父の母親みたいなもんです。
父が59歳でなくなったとき我が子を亡くしたかのように、
叫んでいたのを覚えています。
伯母にとっては自慢の父だったので、
村では当時誰もいなかった大学の卒業証書を飾っていたのを知っていたので、
父の亡くなったあと、
その子である私は、
修士課程の修了証のコピーと、
博士課程の課程修了認定証書のコピーを送りました。
父を育ててくれてありがとう、と添えました。
もう耳が遠くなっていたので言葉で喜んでくれてよかったです。
あれから強い鬱になり、
人様の些細な訃報に敏感になり(父方の従兄を同じ病気の不慮の事故で無くしているのもあり)、
私の実家にも田舎にも自分から連絡を取ることが出来ていませんでした。
いい意味何だかそうでない意味何だか分かりませんが、
その辺の理解が無い母は、
自分で持っているのが出来ないので、
本日連絡してきました。
(母は嫁だから連絡行ったのだと思うケド…)
田舎の下の伯母やその子である従兄は知ってくれているので、
私の方へは連絡先を知っているけれど、
連絡してきません。。。
きょうだいがおおいと、
お別れも多くなりますね。
あの世代の人たちは、
そうなんだと思います。
今日も不幸な事故や事件が後を絶ちません。
白寿まで生きた伯母との別れを、
もう十分に生きたから、とは思いません。
親族にとっては、
いつまでも生きていて欲しいものだと思います。
だからそういう意味で無事に生きても一生は短いものなので、
本当にこのような悲しいことは、
可能な限り無くなって欲しいです。。。
昨日も震災の件ではブログを書けませんでした。
赤子の娘に覆いかぶさりました。
親ならとっさにそうすると思います。
命をしっかり思いたいです。
些細なことで動揺しちゃう私だけど、
それは傍若無人な人への反応なだけであって、
静かに粛々と生きている方には思いませんし反応しません。
乱文になりました。
おやすみなさい。