一見、かい離している概念のようなw
NHK地上波の番組プログラムの流れのまま。
前回の超筋肉体操で無理して(サーキットトレをやったよう)おそらく肉離れ起こした息子。
一緒にラジオ体操のようなそれをやるw
で、冨田一樹さん演奏のバッハ、フーガの技法。
コラール歌いたいなあ。。。
でもトラウマというかこころの傷というか、大勢の中で誰かのかたをもつ、とうことは以外の人を疎外するということと同値だと私は捉えていて(っていうかそうなるでしょ)、
GMにそれを言われたんだから。
このところ、ツイッターで博士学生のツイートをみるんだけど、あのころ、やっぱり旧帝大の大きな予算(共同研究、5年で一億)を獲得した教授はやっぱりヒエラルキーのトップで。
そうなると、その教授に理解してもらえない(興味をもってもらえない)研究は、博士学生としては脱線するしかなく。
ツイッター上の学生は「研究なんだから、教授とて正解が分かっているわけではない。だから自分で提案をするくらいでないと。」という。
わかってる。わかってるけど、教授が同じ価値観を持ってくださっていない場合は、やっぱり鶴の一声のようなコミュニティを形成するだろうし、学生はその中で右往左往する。
どう見ても、教授の好みがあって、京大の学部からそのまま上がった純粋な京大生が好きだったようで。
その学生たちに進んで留学を進めて(海外の研究拠点(たとえばスタンフォード)に籍を置きながら京大でも履修できているという制度)、旅立っていくというご自身がかつて経験されたことを遺していく。
学外からチャレンジした学生にはそれをしない。女性にもしない。そんな教授だったし、博士になってから研究室をうつるなんてことはできない。本当に縛られた場所。
年配の方にこのような考え方は多いのだけれど、合唱団も退官される年代より上の方々が多数を占めているコミュニティだったので、どこの馬の骨かもわからないけれど受け入れてくれる、といってくださっていたテクニカル指導者の北村敏則先生のご意見は、やっぱりその下支えとして、20年とか参加している合唱団員じゃないと通らない、と今ならわかる。
終身雇用、先輩後輩、初志貫徹。。。。早々に決めてそれを長く続けたものだけが、という価値観。。。。
それが純度を上げていく、ということなんだろう。。。。
古い価値観に入れてもらえない。新しい価値観にはついていけない。
なんだかな~。。。。コロナウィルスがはびこって外に出れないようになったけど、そうなっていなかったとて、リアルの人間のコミュニティに入れてなんてもらえてなかった。
何かを誇示されて、よってこさせないようにしておられる。。。。
そんな程度で、とは、口が裂けても言えない。
なんだか、、、、、何したいんだか、、、、しんどいな~、、、、
ひとりのほうがいいのかな、、、、
誰かと交流ってできないのかな、、、、
強い雨の音でざわざわする。。。。。
今は播州織のことを紹介しているテレビ番組。。。。でも職人の世界の方がしっくりくる。。。。職人は新しいことだけど、やってみようやないか!っていわはる。
よっぽど太っ腹、というか、懐が深いというか。すごい。
私は挑戦していく職人さんが好きなのかもしれない。。。。