ダブルバインド(ダブルスタンダード)deクエチアピン | ♪よこしま☆ちゃんの日常♪

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~ ゆるゆる生きる ~

あるブロマガを紹介します。原文は古い(2014-03-05)のですが、もしかして、私には当たり前でも読者の皆様にはそうでない場合があると思うので。http://ch.nicovideo.jp/minato-t/blomaga/ar475134

 

どれも一理あって、それらの粒度や信憑性が同等である場合、どれか選べない状態であるとか、

要素同士が矛盾していてそれらが二律背反でみうごきとれなくなる状態の事を言います。

 

私は相手の話からそれを読みとってしまうので、相手の話に一貫性が無い場合や、同等矛盾のメッセージが入っていてそれに迎合しろと強迫性である場合、フリーズ状態になります。

 

これは理系というか数理系思考をベースとする人間によくあることなのですが、例えば、入力が二つある場合、それぞれに演算を施されても出力はデフォルト入力と同じ二つであるはずなのです。

この道理で物事を考えているので、入力が二つであったはずのに、出力が一つとか、三つとかそれ以上とか、入力と出力が同じ個数でない場合、何らかの矛盾が生じていると判断します。

すると、どんな矛盾かを知らない限りは、出力が何であっても、それは不能の上で出されたものだから、意味を成さないと言うか、存在自体がオカシイので、先ず出力をペンディングしておいて、どんな矛盾が起こったかの解明に思考は向かいます。

そうでないと、『まあ、ええから、やっとき』は、到底受け入れられないのです。

 

自分なりでいいので、その矛盾が矛盾で亡くなるよう、たとえば二つの入力要素同士の粒度や次元を揃え、矛盾なく演算出来るようにして、出力結果も次元や粒度がそろった二つであるならば、解読できますが、どこでどう躓いたか解らない場合、この場合は矛盾がどう矛盾しているか解らない場合は、言葉を発したその人に、再度質問して、話に一貫性が無い事実や同等矛盾が含まれている事を自覚してもらいます。あるいは、こちらが、どの粒度にすればいよいかのヒントを貰うために、断片的な質問をして、マテリアルを揃えます。←この場合の揃えるは、準備するために蓄積するという意味。

 

是が難儀する人がいるんですよ。何をどうジャブ打っても、妙な回答しかない。真に受けてそのマテリアルで準備しても、当該問題の解決には到底及ばない。

 

おそらく、私の言っている事が理解できないのにもかかわらず、「理解できないからもう一度言ってくれ」も言えないし、

どこがどう理解できないのかも言わないし、とにかくカッコ悪いと本人が思っている事は出来ないので、堂々巡りになります。

 

私はどうせ話し合うなら、矛盾をほぐして、話が通じることが大前提だし、そうでないと知恵を出し合えなく、ただ単に先方に迎合するしかなくなるので困るのです。ほぐせないから、ダブルバインド(スタンダード)のまま。

 

このブロマガに書かれている事は、私の等身大目線からすると、まだまだ説明が拙く、かゆい所に全く手が届いていないものですが、

それでも入口として「理系の人ってそうなんだ~」って知ってもらうには良いものだと判断したのでシェアします。

 

以前書いたと思いますが、これらの齟齬を含めて、『日本に生まれて日本に育っただけで日本語が理解出来たり使えると驕ってはいけない』というのが私の根底にあるので、常にどういうことだ???となっていますが、先方さんが私が何を投げても、その意図や粒度に気づかず、やっぱり的外れな回答をしている場合、準備の駒(要素)が全くそろわないので、たとえば将棋の対局をするのに、それぞれ持っている駒が全然違って、どちらも不完全であるみたいな状態になります。

対局出来ないんです。無理難題なんです。

考えられる、というから、また考える肩書・立場にあるというから、話し合ったのに、その実は一方的に迎合してくれないと、こちらはどうしようもない』のなら、あーだこーだ言わずに、正直に出来ない・解らないって明言していただいて、ある程度任せてくださったら、内的に処理して、表向きはその人が処理したことにしますよ。

そんなことくらいできます。

でもその人の手柄にしてもしなくても、その人が苦しんでウンウン頑張らないと、その人の実力が上がらないので、結局次回に他の人とかかわっても、また強迫的に相手に迎合させる以外取れる言動が無い、の繰り返しですけどね。

 

それが辛くて辛くて、傷ついて傷ついて、おかしくなってしまったのでした。

よしもと新喜劇じゃないけれど、そういう方とは、『一旦、離れぃムカムカ』にするのが賢明なのでしょうが、

なんのことない私自身が、その肩書を信じ、リップサービスを信じ、格好つける事を信じ、

『私は包み隠さず等身大で色々情報を与えるので、それをどうとでも使っていただいてよいので、良案を導き出してください』と依頼するのですが、

結局何も出てこず、これまでの慣例に時代がずれていても理解が及ばなくても、表面的な形だけを取るよう、と、一歩も譲らないので、

やれやれ・・・・という感じなのです。

 

あの会話は何だったんだ…って感じです。あれだけの文字数がありながら(一般の人は長文を、まず速読出来ないし、要約も的が外れるので間引いて書いていますが私個人としては相当少ない数です。でも相手にしたら多いのかもしれません。ですがそこは相手を立てて、文字数がありながら、とこれまでも一応書いて来たつもりです。)、どれもヒントにしてくださっていない・・・というか、ハナから傾聴するアプローチは欠損しているんだな、って思いました。先方の年代を考えると仕方ありません。団塊の世代だとしたら、頑固になっていくだけでしょう。数の論理で細やかには育てられていないでしょうから、コミュニケーションスキルが育たなかったのかもしれませんし、そこは性別なのかもしれませんし、年齢かもしれませんし、ご本人の性格かもしれません。あるいは全部かもしれませんwww

 

とにかく、困惑して生きています。

入力出力の例は、東京大学大学院で数学博士号を取られた、数理分野で憧れている先生が学生の発表資料をみてシンプルなところでコメント下さった内容に準じています。

やっぱり東大の博士さんは、すごいですよ。

私は学部も修士も京大じゃないので、京大に対してそこまでのこだわりはありません。

凄い人は素直に凄いと憧れます。

憧れの人とお話しすることで感性というか知識整理の観点に触れる事が出来るので、御話させていただけるというか、先生の話の最低ラインくらい理解できるように無理にでも自分を成長させてお伺いします。

世界的に頭の良い人というのは、信じられないくらい仕事が速いので、たくさんの仕事を並列でこなされているので、私なんぞに時間を取っていただけるなんて、神様からのプレゼントみたいに貴重なんです。

なのに、その時間を活かせないって、悲しくて寂しくて仕方ないでしょう???

だからその先生の専門の初歩くらいは独学して、それでお話が解るようにして、貴重な御時間を頂戴します。

そうやってきたので、私程度の話が理解できないのは、人として知に対する怠惰だと思っているので、

相当我慢しますが、どれだけ待ってもどれだけ様子をうかがっても、どの水面下の努力が見えてこない場合、

やっていないのだな、と解って、かなり憤慨するのです。

 

・・・やっぱり、息子のサジェストの通り、戻ったほうがいいのかな・・・・私の原点に。

 

昨夜から、めまいがして、パニック発作が出たのは、低気圧だけじゃないと、潜在的直感が私に訴えて来ました。

ストレスだったんですよ。

私が母方の祖母の事が好きだったし、凄い人だな、と思っていたのは、

自分には学が無いと解っていた事。

だから一生けん命おとなになってからも必要とあらば独学していた事。

それでいてひけらかさない。

とってもとっても純朴で努力家で謙遜する人で優しい人でした。

自分が至らなかったと思ったら、子どもに謝れる人でした。

祖母以外の母方の親戚や父方の親戚は、到底できていませんでした。

おばあちゃん、私が13歳の時にお別れしましたが、弟が生まれた時に手を引いてくれた人でもありました。

私の一番古い記憶の一つだと思います。

私はおばあちゃんのようになりたい。

 

だから、フラストレーションを本来関係ない弱い人に向けるコミュニティからは、距離を置きたいのです。

クレチアピンが最近処方されました。

GABA受容体に、とかいう、特化した受容体ではなく、各レセプター(受容体)に総合的にまんべんなく効く薬だそうで、

総合的に私の緊張を緩和してるので、さきほどのんで、眩暈やパニック発作がマシになって来ました。

パニック発作の治療のために合唱は通っていた部分が大きいのです。

でもそれを超えて、発生してしまうくらい、ストレスなのなら、本末転倒なので、精神医学的にも物理的に距離を置く事を主治医は指導すると思います。

 

…と一応の区切りはつけられたかな???

ちょこっとため息ついて、薬の効果が表れるでしょうから、休むとします。

今一度、今は繭だったり蛹の時期である事を、自覚し、総合的に自助したいと思います。

 

伝わるといいなあ・・・ピンクハートピンクハートピンクハート