https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180507/k10011429541000.html?utm_int=all_side_ranking-social_001

 

めーっ茶ショックです。このニュースの写真で手に持たれているのが、私がバイブルとしている「だるまちゃんとてんぐちゃん」です。

 

他にも、https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180507/k10011429711000.html?utm_int=detail_contents_news-related_001では、かつて航空士官を志した事を自責しておられたことが書いてあります。終戦時19歳であったか子さん、周りの大人の手のひらを返すありさまに、航空士官を志した自分にも責任がある、と、かつての自分を恥じ、未来の子どもたちへのメッセージをしたためはじめたのだそうです。

 

今年の一月には三冊の本を一気に書かれたそうです。東北の震災の問題が解決していない状況を少しでも考えてもらいたい、と「宮城」と「福島」を。またいろいろな問題が全然片付いてないけれど、絵本を通して少しは側面援助になるよう、と「沖縄」を。

 

個人的に特筆すべきことも取り上げられていました。その絵本とは「こどものとうひょう おとなのせんきょ」です。35年前、昭和58年に出版されました。

~以下記事から引用します~https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180507/k10011429631000.html?utm_int=detail_contents_news-related_002

 

絵本では、子どもたちが広場で何をして遊ぶのか投票で決めました。

しかし、雨の日の使い方やソフトボールはどうなのかなどと、けんかになってしまいます。

そのとき、「みんしゅしゅぎだもん、たすうけつだよ」と言う幼い子どもたちに、年上の男の子が「数が多いからいいんじゃなくて、たとえ、ひとりでもいい考えなら、みんなで大事にするのが民主主義のいいところ。それを間違えると数が多いやつが勝手にいばったり、悪いことをしだすんだよな」と諭す場面が描かれています。

 

息子が不登校になる直前、このような事が実際に小学校であったそうです。悲しいのは、年上の男の子の存在が無かったこと。担任の先生すら、これを言えなかったそうなのです。だから息子は、担任と他のマジョリティのクラスメイトに「多数決の何が悪い。そんなこと言うお前はおかしな奴だ。」と、そのあと集団いじめがエスカレートしていき、不登校になり、身体症状が出て、自死しかねなかったので、児童精神科に飛び込みました。

 

この件について、の記事は、以下の通りです。

「少数であっても深い考えをもったほうの意見を学び取るという機会がないと、民主主義は発展しない。少数でも考えの深いほうの意見をよく知って、それを学びとってみんなのものにしていく。そういう態度が、民主主義を発展させるいちばん重要なところです」と述べ、議論を積み重ねていくことの大切さを訴えていました。

 

また、かこさんのお悔やみに際し、交流のあった「バカの壁」を執筆された養老先生は、以下のようにコメントされたとNHKは取材しています。

「長年にわたって子どもたちの未来のために力を尽くし続けた数少ない大切な存在で、かこさんを失ったことは非常に残念です」とその死を悼みました。
そのうえで「かこさんが作品を通して一生懸命伝えようとしたのは、子どもたちが子どもの時代を楽しんで精いっぱい生きることでした。現代では子どもが大人の予備軍となってしまい、のびのび生きる時間が失われつつある一方、“大人”と呼ばれる人は、公の立場の人さえ平気でうそをつくなど、成熟さが消えてしまっている。子どもたちに遊びを教え、成熟を促していたかこさんの思いを伝え続けていくことが大切だと思います」と話していました。

 

私が憤りというか、情けなさを感じているのは、まさにこのことなんです。表層的にしか物事を見れない理解できない幼稚な大人があまりにも増えすぎました。息子がかつて不登校になったような事を、私は先週の土曜日(前にもあったけど)に、上は90歳近く~下は20代の集団(の一部)に同じようにされたのです。ホンマ何やってんの!?浅いマジョリティ・・・( ´(ェ)`)って感じです。私自身は諦めましたけどね、養老先生もあの本を書かれて数年して、これは大変な世になっている、と、前向きに諦められたようです。

 

私は、内心ちょっとだけ、「バカの壁」を信じたくない自分がいました。偉い賢い先生が言う事を鵜呑みにしているような自分を戒めたかったし、事実「そこまで多くの人は酷くないだろう???」とも推測していました。けれど、あの本を読んでから結構な年数がたち、先週の土曜日の事で、私の「もしかしたら・・・びっくり」という閃きのうち、関連するものがどんどん集まって、練りに練られて『バカの壁って、やっぱりあったんだ・・・』にいたりました。

 

?解る人は解ってるでしょ??? 悲しい世の中になりました。。。。ショボーンアセアセ 人権を尊重するなら、子どもの人権も尊重し、それは、大人のコピーを作ることではない、と、すぐに解りそうなものなのに・・・・あ…またうつ病再発しそう…一旦、考えたり書くの止めますアセアセアセアセアセアセ私、意識的にストップしないと(安定剤飲んだり)、気づけば脳(大脳皮質)が勝手に過活動するんですよね、そうしてかこ先生のように、過去の愚かな自分を自戒する人生が続いちゃうんですよ…私にはかこ先生のような画力もメッセージもそれを発揮する出版者とのかかわりもない…それがブログだとしているのですが、それこそ先週の土曜日に土足で踏まれたので、心が惨殺された、と申したのです。この傷は、物心ついてかこ先生のだるまちゃんを読んだ頃からの私の信念というか、バイブルというか、私自身というか、尊厳というか、アイデンティティなので、それを浅いマジョリティの一人である、まだ知りあってそこそこの人に、立場をも利用された、ということで、息の根を止められた感覚になったのです。踏み込んじゃいけないところが誰しもにある。私よりうんと社会経験があって、うんと年上なのに、なぜそれが解らないのだろうか・・・と、その方が表層的である現実が悲しいのです。そうして直接私は背が低いのと女性なのと年下なのと社会的弱者なので、全部一方的な受け側で発言されたものですから、赤子の手をひねるようにされた、ということです。

 

? 乱暴で一方的に迎合させる、浅い解釈の民主主義でしょ、今って? 私の心が死んで当然です・・・かこ先生が、養老先生が、代弁してくださってたんですね・・・・多くの普通の人が、幼稚だと、思いたくなかったし、事実「お前がオカシイんだから、お前が従え」と上からいわれて来た人生ですから。。。。自己肯定が低くても、そんなもん、私のせいじゃありません。。。貫こうとしても虫もころさぬ顔をして、裏の顔で私を攻撃する人は、いくらでもいます。

ほんま、本性が怖いショボーンショボーンショボーンアセアセアセアセアセアセ