最近、上空をヘリコプターが飛びまくっているんですよね。

 

2012年春に祇園で起こった被害者多数の交通事故の取材を思い出して辛いです。

 

ノーベル賞候補の先生が京都に多いのは解っています。また、学術会議が国際会館であったり、皇太子・皇太子妃両殿下がいらしておいでで二条城やおそらく京都御所にも立ち寄られたのも理解しています。

 

それはともかくとして、そこまで「賞」というものを野次馬的に追いかけるの、ってどうなんでしょうか・・・

 

僭越ながら、賞は学会からいただいた事がありますし、国家資格も持っています。

 

けれど、あえてプロフィールに書いていません。なんだか自慢みたいで嫌だからです。

 

「このような研究に対して目を向けてくださって、そうして善い評価を下さり、大変恐縮です。賞に恥じぬよう、これからもますます精進してまいる所存です」という意味として理解してくださるなら、掲載します。

 

けれど、多くの方はそうは取ってくださらない。。。

 

まあ、これは、これまで、実空間で周りにいた(身内含む)人たちに、揶揄された経験から来ている私の大きな大きな躊躇ですけれど。。。

 

山中先生が受賞された時も後から知りました。正門前に多くの報道機関(要は何台もの機材車)が駐車禁止などなんのその、東一条の吉田神社の参道に停まり続け、

 

受賞報道とは別に勉学している学生や別分野の研究者が大学およびその周辺の研究施設に出入りするのに難儀した、という事には言及されていません。

 

実際にはどんな研究かも解らなく盲目的に万能感をもって先生を見る(いいですけど・・・それだけ素晴らしい発見ですから・・・先生の事じゃないんです。それを盲目的に信じるフツーの流行的あるいはミーハー的に理解する)人たちの思考行動が怖いというだけです・・・

 

は~・・・憂鬱だわ~・・・

 

鎮かに厳かにしていたいから京都なのに・・・

 

色々、騒がしい・・・

 

折角の秋なのに・・・読書や芸術や、たぶん食欲の秋なのになあ・・・

 

もうちょっと世の中、落ち着こうよ・・・

 

発展する回線速度に影響受けすぎだよ・・・じっくりコツコツ時間をかけて地味に考え続ける人にとっては、本当に騒がしすぎてたまったもんじゃない・・・

 

やれやれ。