来ました、遂に

二次疾患の症状。
小林麻央さんも仰ってたけど、
頑張らなくていい、と、頑張れの狭間で揉まれている間に、
私の場合は心身エネルギーついやしたみたいです。
また、あの、腎臓が悪いモードに似ています。
頭痛が酷くて倦怠感が酷くて心もへし折れて吐き気もします。
気づいたら涙がこぼれていました。
突然の不定(期)愁訴でしょうか。
10月に入って入院の話が出ましたが、
娘が不安定になり私の中ではそれどころじゃなくなりました。
医学的にはそれどころにしなくてはいけないのでしょうが、
娘の心を考えた時、
やっぱり更なる無理をしてしまいます。
一方で息子のケア。
きょうだいがいるとき、片方に親の目が行くと、自分に注視させようとするのは本能どす。
病児心理を学んで理解しているので驚きませんが、
戸籍上成人しても、
本人たちの成長やタイミングでまだまだ潜在下になっているようなので、
私は耐え忍ぶ以外に無いのです。
他のお母さんは知りませんが、
私は人はそれぞれ違って精神の顕在化や認知や意識が一気に足並みそろう確率はかなり低く、
親や監督者がかなりの力を使って矯正(強制)しているに過ぎないと考えています。
それ故に周辺環境は大切だと思っていますが、
孤立無援で孤軍奮闘状態の私は、
まだ暫くはこのような人生のようです。
少しばかり外に出るきっかけを収束し始めました。
体力気力をそちらにではなく、
子どもたちへのメンタルケアにシフトするためです。
けれど、最近は、
『いつまでかなあ。一生かも。べったり育児やべったり介護やべったり配偶者ではなく、
趣味や仕事の時間を持てる人が羨ましいなあ。
いや、羨ましいというより、私はとうに限界かなあ。』
思考が増えました。
物心ついた時から臨界を超えて誰かの理想近く奮闘努力、滅私奉公、が当たり前で、
寝食忘れないと行けなかったから。
また人生疲れ気味です。
無名な人間なので誰にも何処にも届かないだろうと諦めて生きています。
写真を撮った後、まーちゃんは逃げました。
なのに少ししたら自分のしたいようにしたい場所にしたいタイミングですり寄って来ます。
あ、いま気づきました

あっちもこっちもの思惑を先に重んじ過ぎて心身振り回されて来たんでしょうね。
このようなどこからも過度かつ一方的に干渉されたくない、
つまり、『適度に独立したパーソナルスペースとタイミングを大切にしたい。あなた(相手)がそうするように。』という、
アサーティブネスがムクムクと顔を出そうとしています。
でも状況を総合判断すると出してしまうタイミングではない事も瞬時に解ります。
いま、いくつものバインドが私に絡まってきています。
どこか一点だけ効果的な結び目を見つけ出して、ぶち切るのではなく、湯気を当てて解してそのまま解いてしまいたいです。
絡まる前に戻したい。
物理ではなくて論理なので遡るのは可能だと思うのです。
ただ今は心身疲弊で身動きが取れません。
もしかしたら勘さえ働きません。
どうかタイミングが今では無い事を祈るばかりです。
少し安定剤を飲みました。
息子にゆるい観察をお願いできました。
少し休みたいです。
※お薬は主治医の指示に従いましょう。
少しでも疑問があれば問いましょう。
その時にどのような姿勢で対峙してくれるかで、
医師に対する信憑性が変わりますものね。
乱文すみません


