
いきなり関係ない(かもしれない)画像(笑)
マタイ受難曲の最初の出だし部分ですが、三番目の音が取れていない人が多いのだそうです。
指摘を受け、気を付けようと意識するとこの指摘を受けた音が突出してしまい、今度は長音符までのスラーが汚い、という指摘。
加えてドイツ語なので頭のKの音をしっかり発音、だけれども三つ目の音を外さずスラーにし、四つ目の最高音&長音は高いからと力まず正確なピッチと響きで柔らかく入り即座に膨らます。
たった四つの音にどれだけの神経を使い緻密で微細で繊細なコントロールが必要か本当に思い知らされます。
ドイツ語が出来たら、その旋律の音楽的解釈の予想が出来るらしく必死ですが、マエストロのドイツ語の指南書の『読み解き方』がまだ出来ていないので、ひたすら練習をしながら身体で解明・補完していく感じです。
これは辛くともついていけますし、頑張ろうという気力の維持が出来ます。
☆では何の変化に弱いのか☆
システマティックではなく、思慮が浅く、論理的でなく、状況に応じた工夫がされていなく、ただただ自らの本能と感情と欲望だけの価値観に一方的に迎合しろ

よく賢く使われる日本語に『ご縁のもんやから…』や『相手のある事やから…』があります。
当たり前ですが世界、ここでは自らの価値観も指しますが、自分ひとりで形成もされませんし、自分ひとりで支配できもしませんし、特に相手のある事は自分のタイミングも通用しません。そこは譲り合いなのです。
これを全く理解していないコミュニケーションスキルの低い健常者がかなりいます。
一方、自閉症スペクトラムの当事者はKYという事にされて、療育も教育も受けて、親もコミュニケーションとは何なのか、を、子どもと一緒に学びます。
そうするうちに自閉症スペクトラムの人間と家族がコミュニケーションスキルをあげてきます。
健常者はおいてきぼりです。
しかし健常者はサボっても意識しなくてもいつまでも、努力に努力を重ねている自閉症スペクトラムより能力的に勝ったままだと信じて疑いません。
そうして厄介な事にこの傲りが人を操作し支配します。当然健常者は気づいていませんし、主治医は患者の主治医ですから、相手の言動を注意出来ません。
ですからこのいつからか起こってしまった逆転現象、つまり、療育や教育や治療した自閉症スペクトラムの人間の認知認識理解行動修正が、認知行動療法を全くした事の無い自分を省みる気質の無い健常者のそれらと、日にちが経てば経つほどに乖離していきます。
にも関わらず相変わらず健常者は障害者より知能も技能も永遠に勝っているという思い込みで障害者である相手を自分たちの浅はかな価値観に迎合させて罪の意識が爪の垢ほどもない。
私はこの現象に辟易しているのです。
社交辞令を使えるようになり、相手を傷つけないように当方が悪い事にして辞退して、逃げているのに、お譲りするからと執拗に幼稚な要求を出す頭の悪い自覚の無い、怠惰で、責任を転嫁する人から本当に離れたいです。
お節介にも程があります。
医者も先生も上司も家父長も選べる時代になったのです。
でも書いて気づきました。
どんな事も既得権に肖っていた人はこの世の変化さえ阻みますね。
今までに先に恵まれていたというのに…
という事は順番を守らず、変化に適応出来ない真の健常者は、欲に溺れた人なのでしょうね。
障害者より健常者の方が真に勝っているというなら、その心無い言動を卒業なさって、相手を慮る具体的な言動を見せてくださいよ。
私のような障害者に、私の実の子ども達以上に私を頼ってどうするんですか



大人がなにやってるんです





夜中に書いてしまいました(笑)
ガラケーからのアップなのでTwitterにもフェイスブックにも連動しません。
その点は安心して書いています。
今の私は本当に心身ともに余裕が無いので自分のブログに限定して吐露してしまいました。
ご気分を害された皆様すみません(T_T)m(_ _)m


