どうしてだか、情報の取りこぼしがあると思って凄く焦ってしまう。
北村先生の指導内容だって、次回の練習にマエストロが継承して下さるんだからそんな事を思わないでいいのに。
過去に搾取されたり、出し抜かれたりした経験が複数回あって、トラウマになっているんだと思う。
肝心なのは、殆どの人がそうではない、という事を失念しきってしまって、衝撃の大きさから、特異な人にされた事を引きずってしまっているという心の後遺症。
余談だが、六月から正規に在籍していた卒業生(学部生)や修了生(院生)に京都大学から生涯メールアドレスが配布される事になった。
信じてもらえなくても事実として在籍していたのだから実際に生涯に渡り付与される。
大学全体の基盤としては血も涙もあるようだ。
人見知りで内向的な人が教官にも学生にも多く、ずっと下から京大一筋で長くいないと何だか仲間に入れない雰囲気が強くあった。
業績の独り占めだってあった。
そんなだから、情報戦が巧みにあって、学術界なのに政治的な側面があった。
学は開かれているはず。自ら拓いても継承していかないと衰退する。
京都大学もやっと気づいたのかもしれない。
ある意味待った甲斐があったというものだ。
つまらない仲間割れだって仕組まれた事もある。
コミュニケーションスキルがある方が苛められた事もある。
最先端というのは紙一重。
今なら解る。
合唱団はそうではない。
市民が立ち上げたからだ。
案外仲間は、学校や職場以外で出来るものなのかもしれない。