「マツオカ・セイゴウって誰?」と同期に訊いたのはいつのことだったろうか。同期は『変なオッサン』(同期は関西出身である)とだけ答えた。
京都大学で「変な」とつくと、「一般的には奇異に見られるが、興味を持つ人がいてもオカシクない掘り下げた(学に狂った)人である」という意味が暗黙的に含まれる。
某有名大御所フュージョンバンドの第三期の始動を見届けた日、丸の内のあるビルに入っているホテルに宿泊した。そのビルに入っている大型書店で、「松岡正剛フェア」が偶然開催されていた。
松岡正剛氏は「編集工学」という名前で昨今のクラウドしかり、情報大爆発や情報大航海時代を先見した人である。そのためには、氏がいう「編集」技術を身につける事が必須だとのこと。
私はよく解らず、彼の難解な著書を一冊二冊記念に買い求め、帰りの新幹線で流し読みをした。そのまま著書は我が家で眠っている。
今日、スポーツ情報番組で、障碍者フェンシングのパラリンピック候補の人の特集をしていた。MCのゲストが太田選手だったからだ。彼は太田選手の高校の直接の一年後輩。大学二回生の時に頚椎の事故に遭い、障碍者となった彼に、もう一度打ち込むものを、と太田選手が直々にすすめた競技。
来年のリオ五輪に向け、座右の銘を『超截(チョウ・セツ)』と色紙に書いていた。恥ずかしながら私はこの意味を知らなかった。截(セツ)さえ読めなかった。早急にしらべ、この概念を知る。そうして、孔子や老子の中国思想を直ぐ鵜呑みしがちな多くの人と違い、日本古来の「道」を説いた人間がいた事を知る。本居宣長だった。
本居宣長の名前は知っていたが、彼が具体的に何をどうしたのかは熟知していなかった。古事記を読み解き、日本に土着している「道」という独自の概念を掘り起こしたのである。
他にも、これを説いた人物を含めると「仁斎・徂徠・宣長」。これらについて吉川幸次郎氏が岩波から1975年に著書で詳しく述べられていて、松岡正剛氏はこれに思講を寄せている。
それがベストセラー『松岡正剛の千夜千冊』である。
こちらも恥ずかしながら知らなかった。そうして私自身がまんまと多数がそうであるように中国思想の「道」を日本独自の思想のそれと読み間違えていた事を知った。
以前にも書いたと思うが、また別次元で、同期のいう「変なオッサン」が示す物を多少は理解できたような(体得できたような)、そんな気がしている。
☆参考文献『千夜千冊@WEB』http://1000ya.isis.ne.jp/1008.html☆