昨日はマリタンさんの学ぶ姿勢、今夜はにゃんこ耳さんに「そうですよ、炊飯器便利ですよ♪」って、小さな体験を拾って発展させて下さった姿勢。
・・・ありがたいです(〃∇〃)
悪口という意味じゃ無くて、事実として、家の母は、『どうして、問題(課題)に対して、そういうアプローチ(解法やそれに使う言葉や態度)しかしないんだろう???』っていうことだらけな人でした。
今でこそ、母こそがそういう価値観で育てられちゃったり、彼女の周りの人が好ましい言葉を使ったり素直じゃなかったりしたからかもしれない・・・と思えるんだけど、
小さい時、親の手を借りずに生きていけるはずが無い頃は、本当に辛くて辛くて、それでも耐えていました。
親が絶対君主のような姿勢だったので、異議や異論を唱えようものなら、有無を言わさず殴られました。絶対服従でした。
例を挙げると、お年頃でダイエットしたい、と思ったとします。勉強ばっかりでアルバイトは禁止されていたので、お小遣いも無く、呟いてみたところ、
『人より食べて肥えてんから、人より食べるの減らしたらええ。簡単な事や。絶食する根性も無いんかいな。』で、それを本気にしたというか、迎合するしか術の無かった私は実行し、見事に短期間で痩せたんですけど、摂食傷害になってしまいました・・・
まあ、要は、極端なアドバイス、しかないんです。考えられないとか、今できない、とか、身体がつらい、とか、言えず、しかも誰かに訊くという事は弱みを握られると思い込んでいた母は(好戦的な人なんだなあ・・・)、
すぐに今でいうブチ切れ『ウルサイ!!!○○おばちゃんにでも訊け!!!よう知っとるわ!!!』と母方の末の叔母の名前を出しました。当時5歳か6歳。東京に住んでいました。大阪の泉州に住む叔母にどうやって連絡を取っていいかも解らない。電話の使い方を知らない。・・・そんな無理を言って、黙らせるのが常でした。
その真意や真理は私には解りません。けれど、兎に角、四角四面というか、自分の思いこんでいる価値観に従順であることが強く求められて生きてきました。ヒントも助けも無い。今思うとただただパニックを起こしていたんだと思います。
なので、私は、著しく自分に自信が無いんです。すぐ自己否定をします。それは直ぐ『全部お前のせいだ!!!!』が母の口癖だったからです。別れた旦那もそうでした。何かと当り散らし、全てを人のせいにしました。だから障害があるのも私のせいなんです・・・そういう論理。
その思考の癖が染みついているので、昨日のマリタンさんや、今夜のにゃんこ耳さんのようなコミュニケーションは、私にはとっても温かいんです・・・。
マリタンさんがマリタンさんでいてくれて、にゃんこ耳さんがにゃんこ耳さんでいてくれて、本当にありがとうございます♪