歌手のくーちゃんとのショットがあるというので、梅田彩佳さんのブログに遊びに行ってみました。
わお!キリ番やん♪
いや~、このところ、
テンションあがりません・・・
聴覚過敏と触覚過敏(知覚過敏)が酷いです。
緊張とか予期不安たまりません。
そうです、疲れると発達障害の特徴がとってもよく出ます。
正直、これまで、こういう事があるたび、『根治はしないんだよなぁ・・・』って思います。
けれど不思議な「慣れ」が出てきました。
『これだけ、何度も何度も同じ特徴が出るということは、やっぱり”障害”なんだな・・・努力とかして多少症状は緩和されるかもしれないけれど、それは一過性のものだから、うまく付き合っていくしかない、って、こういう前向きな諦め=容認・認知(受け”容れ”)なのかもしれないなあ・・・』という落ち着きがちょこっと芽生えています。
発想は割とすぐ出来るの。
でも実現するための、体力が無かったり、特徴がある=かなりの偏りや拘りを持って「しまう」から、
なかなか形にならない・・・。
百聞は一見にしかず、という言葉があるように、人が認知・容認・理解してくれるためには、
目に見える形でしめす(特に触れるものや体験出来る)ものにしないと、それが叶いません。
だから、解って貰いにくいんです。
だから発想を形にしてくださるブレインさんがいらして、補完しあえる関係を構築できたら、きっと幸せが訪れる。
今日もそんな事を考えながらも、身体は病院に行くのがやっとで、今日は新患さんが多かったり、外来棟がとっても混んでいる時間と重なってしまったりして、
こわいの、こわいの!
ってなって、道の端っこを、ふらふらと歩いて家になんとか帰りました。
それでも生活音はありますし、子ども達も仕事や学校などで、相手があるのでそちら主導のタイミングやペースになりますから、
えっと・・・
ってなっちゃうんですよね・・・
心が慣れて、タフになりたいけど、現実問題、困難ばかりなので、ついていけない感が強くて、
とっても心が乖離してしまいます。
でも、こんなに特徴があるにも関わらず、見つけられずに過ごした日々を振り返ったら、とんでもなく、頑張ったと思ってもいいよね・・・。
大人になって発達障害が解った皆さん、混乱すると思うんです。長期に渡って過ごして来た自分は、親や社会の期待の役を演じ続けて来て、それが本来の自分だと、思い込んで馴染んでいたんです。
それが、いいのか、悪いのか、解ってしまってから、まだ過渡期なので、荊の道です・・・。
それでも、根気よく諭して下さるように関わって下さる医療機関の皆様。
私が知的好奇心が高く、専門性が高い話(=特に医学部や薬学部や歯学部で履修する事をホスピタリティの精神に則って体系整理されている話)をすると、
とっても安心して、とっても落ち着くので、
大変な誤解や疲労からの感覚過敏や予期不安が強い時は、そうした対応を、お忙しい事を言い訳にせず、助けて下さいます。
本当に有難いです。だから、体調の良い時に、ゆっくり自分のペースでCBT(Cognitive Behavior Therapy)が出来たらな、って思います。
通常の処世を生きるために、発達障害を包むモノ(適応技術)だと理解してくださると嬉しいです。
それでゎ、