今日、ピンクリボン運動に参加してきたんですけれど、

その中でパープルリボン運動についての話がサラッと出たんですね。

東日本大震災の仮設住宅への話とか。


私ね、ドメスティックバイオレンスの被害者です。

だから肉体的精神的暴力に敏感です。


それも踏まえてウィングス京都(男女共同参画施設)のスタッフさんは私の、

『この施設に来るまで相当の時間を要しました。外が人が怖かったんです。一方で勇気が出ない自分を情けなくも思って…』に、

「勇気とかそんな次元の事ではないですから。人の心の回復は人それぞれですから。」という言葉をくれました。


心が楽になりました…


暴力はそれほど命を長期に深く震撼させます。


着の身着のまま逃げなければならなく、一時期は身を隠さなければなりませんでした。

それまでの全てを捨てざるを得なかったんです。


ただ幼い二つの命が助かって欲しかった。


津波という地球の暴力に何もかも失った皆さんの喪失感ははかり知れません。けれど、

少しは解る部分があるように思いました。

腫れ物のように扱われているかのような感覚も理解出来ます。


心の回復に時空間の制約を設けられている事が私を追い詰めます。


政府や行政が理解してくれない限り時空間の制約を強いられます。


社会と関わる事がうつ病の改善にいいというようなアプローチをメディアで流されたりするけれど、

私は混沌としていて人が群がってストレスになって、いつ何時事件や事故が起こるとも限らない社会に、

フツーに関われる感覚は持ち合わせていないんです。


治療が長くたっていいじゃないですか。


許せなくてトラウマになったっていいじゃないですか。


だって壮絶だったんだから。


私がメディアで扱われた頃は、未だ子ども達が幼過ぎました。

プロードキャストされるんだから、いつ何時視られてしまうかも解らない。

だから地上波や新聞は嫌だったんです。


指導教官には話をしてありましたが、報道機関さんは知る由も無かったし、大学も知らなかったから…


世に出る事が怖くて怖くて仕方無いんです。


男性主導の世の中で、一歩間違えば、肉体的精神的経済的に管理支配の領域に行く可能性がある『(マルクス資本主義における)家父制』に、私は立ち上がれないほど幼い頃からダメージを受けて来ました。


時に親であり、親族であり、配偶者であり、姻族でした。


タイトルと内容が合致していません。支離滅裂です。精度が悪いです。

私が自分の存在意義を感じられない理由はそこにあります。


でもそれこそ勇気を以てカミングアウトしました。


お願いですからPTSDが出た時には理解して適切な優しさを下さい。

そうして腫れ物扱いはしないで下さい。



平成25年10月 吉日