算数(数学)でマイナスの概念をネガティブといいます。


え?マイナスはマイナスで通じるんじゃないの?


確かに通じるんですが、負の数、つまりゼロより正の方向とは反対の整数を説明(表記)するのにネガティブを使うんです。


ご存知の通り自然数には正しかありません。

実は、この概念の理解こそが難しいと私は考えています。

危うく忘れかけてもいました(笑)

実は基本の基本が難しいのです。


小学校の算数セット。懐かしいですね。

先生に言われた通りおはじきを出します。

ブーケ1ブーケ1ブーケ1としましょう。

そうして、ひとつひとつ増やしたり減らしたりした結果、

いま机の上にあるおはじきの数を読み上げるんでしたね。

そのうちに数字を使う様になります。

ブーケ1ブーケ1ブーケ1=3になる瞬間。

なぜ3という耳に似たような形のものが(数字も文字も記号・シンボルの一部です)、

同じ意味を持つのでしょう。

(笑)

これを考えると数字を記憶する単元に移行出来ないので、

『そこはそういうものとしてもう疑問を持たずに覚えてください』

となります。


記憶する段階ですね。つまり増えるしか無い世界です。


この時に日常生活で激しい喪失体験をすると、

消す(減る)という概念(価値観や意味)を知りますから、

一般的には変わった子どものように映るんですね。


多くの子どもが増える事しか知らない時期に減る概念を生活体験という一番脳に刻まれる行為を経験するからです。


大人で一般的なら部屋の掃除とか断捨離とかの行為が流行りですよね。

けれど考えてみて下さい。


うん、と成長期の子どもの服は仕方ないとしましょう。

けれどそれ以外は大切に使ったら長く使えるのに、そうではないから増えて整理しないといけなくなったのでしょう?

ポジティブばかりではこうなる、という事は、

有名な人に聴かなくても学校に行かなくても生活していれば解ること。


この状態をエントロピーといいます。

時間軸をもっと長く捉えて俯瞰すると、

栄枯盛衰となります。


なのでそもそも文系とか理系とかの分断も文部科学省管轄側の便宜だと捉えています。

なのでポジティブだってネガティブだって、虚数だって、

そこに付加価値をするから感情移入して忌み嫌ったり差別するのであって、

付加価値を外してやると、

存在そのもの、となります。


私たちが真に存在するだけで素晴らしいとするならば、

この付加価値を外しても十分素晴らしいのです。


だから私は付加価値に興じている人達を見るとげんなりするし、

流行りものに興じて奇声をあげる人達をけたたましく思います。

余っているんですね。


なのでこれらを普通とか基準と民主主義では呼ぶようなので、

私は個人的には話半分で一喜一憂して心を乱され振り回され果てには身体症状に至るまでの事はしないでおこうと思いました。


生活応用したのは私のオリジナルですが、

マイナスの美学、という言い回し自体は知っている人は知っている事です。


おそらくこの言い回しには著作権が発生していないし、私はそれで先方に害をもたらしていないし、対価が発生しないので、

堂々と書きますしシェアします。


という訳で今日は雨だし静かで過ごしやすいです。


晴耕雨読。私は晴読雨読だけどね(笑)。