これは、諦め? | ♪よこしま☆ちゃんの日常♪

♪よこしま☆ちゃんの日常♪

~ ゆるゆる生きる ~

自信があった訳じゃない。



一生懸命だっただけ。



でもそれは、私が娘をかつての私にしてしまって、



娘を理解しようとする事によって、


幼き頃に内的に孤立していた自分を投影して、


助けたかっただけなんだと思う。


歪んだ形の保身。



私が必死に人をおもいやったつもりが、



自分にしがみついてた事だったなんて。



半年くらい前に、



私は人生で最も大切だと思っていた人から、



時空間の距離をあけられました。



素朴なその人はその人なりに誠意ある言葉をくれたのだけれど、



私は離れる事を受け入れられなくて、



おそらく錯乱した。



私ね、生後1ヶ月くらいの時にね、



両親が救急搬送されてね、


母方の叔母が遠路はるばる駆けつけてくれるまでね、


放置されてたの。



当時、黒電話あったのかなあ。


叔母はどうやって来てくれたのかなあ。



あのまま両親に何かあったら私はどうなっていたんだろう。


それでもやっぱり後にね、自分達がどれだけ大変だったかだけを話す両親にね、


仕方ない事とは言えど、その話の度に傷ついてた。



両親はいつも一緒。



私は物理的にも放置され、


精神的にはずっと孤立した。


生後1ヶ月で。



だからだろうか、たとえ事実であっても、



知らない方が相手が傷つかない事を知っていて、



言葉を獲得出来なかったと思われたくらい寡黙だったのは。



勉強が出来て語彙が増え、


感想文や論文を書いて賞賛されたら、



もっと事実を詳細に書く人間に、



…成り下がってしまった。



勉強が出来る事は、



出来るようになる事は、



決して幸せなんかじゃない。



その証拠に孤立して…



ここからはたぶん社会的には書いちゃイケナイ事だよね。



ほらね、結局、吐けない。


行き場を喪ったこれまでの一生懸命という生きる力。



娘はすぐ錯乱して発するけど、



私は物心ついた時から、



ずっと考えていたよ。



命って何だろう、



生きるってどうする事なんだろう、



ってね。



そうして先人達も、



運命に翻弄されてたんだ。



後から美談にされても、



生きているうちに認められなかったのって、



幸せだったんだろうか。



父が亡くなって生い立ちを更に聞いて思った。



幸せでしたか?って。



肉体と引き換えに立ち昇っていく煙を見つめながら、


悲しいとか淋しいとかじゃなく、



ただただそう思った。



お父さん、幸せでしたか?



そうして改めて謝りたい。



学問の一応の達成が、



間に合わなくてごめんなさい、



…と。



私は父を理解出来ていなかったと思う。



父の孤独と淋しさを、



それでも人に尽くす慈愛を、



理解出来ていなかったと思う。



至らなくて、至らなくて、



至らなくて、




…ごめんなさい。




きっと私の人生は、



至らなくてごめんなさい、



の人生だと思う。



私はホント、馬鹿だハートブレイク




娘の気持ちも、息子の気持ちも、



どれだけ考えても…




生きてていいのかな…



生まれてきて良かったのかな…



私は。



みなさん、



ごめんなさいハートブレイク