研究室デビュー♪ | ♪よこしま☆ちゃんの日常♪

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~ ゆるゆる生きる ~

6日の話ですけどね。でも積雪の予定だから、交通経路の確保をしないと・・・。

あ、娘です。転校先の課題で、単位認定に、どこかの専門学校など教育機関で、見学をしてレポート提出が必要です。

で、この時期・・・・頼める処は古巣・・・ってまだ古巣じゃないけど^^;

同期がスタッフで大学に残っているので、お願いしてみました。

「はいよー♪」の二つ返事。ただ、とっても忙しいので、本人に逢おうとしたら、難しい。

けれど、代わりに引き受けてくれる後輩(彼らは有能過ぎて私とは意味不明な関係になってしまった^^;)は常時待機してくれるので、

まあ当日どの時間でもいいんじゃないですか?みたいな。

まだ耐震改修工事が済んでいないので間借りしている京都リサーチパークという処へのプチ旅行・・・にもならないか^^;

京都の東に居る人間は、中京をまたいでそのまた西に行くのは、なかなかのアウェイなんですね~・・・

でも、大好きなスタバと蔦谷が併設されているし、スタバに関しては二件続いているし(変だけど・・・^^;)、

まあシャトルバスも使えるし、いいんじゃないですかねえ・・・。

・・・という事にしよ。

息子である不思議君は出入りを小学校1年生くらいからしていたんですけど、お姉ちゃんについては「行かな~い」「行きたくな~い」「京大の人嫌~い」とか申しまして(ナンデダロ・・・ナンデダッタンダロ・・・^^;)、

全く行ってくれなかったんですねえ・・・学内なら食堂もあるし、売店もあるし、色々家事育児が助かったんですけど、そうはさせてくれなかったという意味で、とってもスパルタに私を育ててくれました。

ある意味、いい子です♪大学の名前が京都では有名なので、優遇してくれる事が多いんですよね。

それに甘んじてはイカン、と。

そういう事だったんだと思いますよ。厳しい子です。「ウルサイ!黙れ!素人!!!」って病院で公衆の面前で誹謗中傷された事数えられません・・・^^;

本当にショックでしたけど、御蔭さまで、そういう娘はどういう心理状態なのか、考えるきっかけを貰っていたのです。

あの子は昔からそうです。言いたい事を言っているようで遠慮したり、考えてる。けれど、1歳10カ月しか離れていない弟(歳は関係ないと思うけど)が集団イジメに遭ったり、発達障がいがあったり(PTSDだと思うけどね)して、否応なしに『お姉ちゃんという役割』を、

そういう境遇ではない女子高生と比較すると、明らかに負担がかかっていたのも否めません。そりゃ、暴れたくもなりますよ。

私は・・・とうとうそれが出来ない子どもだったんです。思い通りにならなかったら、お父さんは最後は暴力だったし、経済的支援を否定したし、母親も父にそうされていたし、そのストレスで、やはり母も想い通りに行かないと、お小遣いも何もない私のお弁当は朝起きてもありませんでした・・・。

そうすると、我にかえって助けてくれた父。母を諫めてくれたんだけど、父が出勤した後、また、私が私であるから、そうしたんだし、私は誰かに叱られる筋合いはない、という性格の母なので、本当に辛い少女時代を送っていました・・・もういいですよね。書く事で昇華させてください。

そういう訳で、見事に、それをしてくれた娘です。でも、父はそうだったから、父には私は時に今、娘が私にするような言動をした事がそりゃ無かったと言えばうそです。けれど、受け止めてくれた。

そう、逃げないで、受け止めてくれた。それこそが、求めていた愛だったのかもしれません。

夫婦仲が悪くて、一年に一度逢えればいい方だった父だけど、酔わないと帰ってこれなくて、朝方起こされた私だったけど、でも、

そういう不器用なおバカなストレートな、心の交流があったんだと、今なら解ります。

ちょっと早い旅立ちだったし、上の様になかなか逢えない人でしたから、また、いつものように、どこかで暮らしていて、それがひとりなのか、どこかの女性と一緒なのかは知らないけど、

どこかで元気にしているような、そんな感覚の時が多いです。傍にいるとか居ないとか意識していないんです。

居ると思えば居る。居ないと思えば居ない。それだけ。

なんだか脱線したけど、忙しいとかそんな事を理由にしない人いっぱいいます。面倒な処理を理由にしない人もいっぱいいます。

一方で、自分の事はさておきながら、相手は優等生しか嫌だという人もいます。そういう方はちょっと辛いかな。娘と同じ部分があるもの。

けれど、昨年末の大きな事故で、ある意味一命を取り留めて、それからやっぱり昏々と眠って・・・これらを振り返ると、彼女に魔がさしたとか言い様がないんです。

それくらい、大人や世間の事情が、未成年や高齢者などの弱い処に結果として行ってしまう見えない構造を、私はどこかで冷やかな目で見ています。

そう言う人って精神的に自立していないから、自分が困ったら、猫なで声で近寄って来るもん。
もう屈しないよ?とばっちりも甚だしい。その人の問題の中には、その人しか解決できない事がある。

そう思ったら、やっぱり娘はセンターも受けたし(本試験は受けないと思います。)、アルバイトをしながら、周りに煽られることなく、自分の進路を決めるんじゃないですか。

それが心の自立というものなら、そうなってくれた娘を本当に嬉しく、また、逞しく思います。

で、次は、弟君なんですねえ・・・・お母さん、まだまだ休めません。ひとり親なので代わりは最初からいないので、逃げようもないんですよね。自分が望んでこの世に来てもらったんだから。逃げないのは当たり前。

だけど、生きた心地がしなかったのも本当です。全ての時間が止まって、全ての感情も止まって、何もかも感じているけど感じない・・・。またそういう状態じゃないと、とてもじゃないけど現実を受け留められなかったと思います。

あの時の、医療スタッフの皆様、救急隊員の皆様、理解を示してくれた皆様、またアルバイトとして受けてくれた皆様、関わって下さった皆様、

娘や息子を助けて下さって、本当にありがとう。ありがとう。ありがとう。