気持ち悪いのでお着替えしました。代わりの服があるようになったんですね…感謝。
で、家にある本で、ふと目にとまったもの。古書を買って、まだ読んでいませんでした。
パラパラと読んでみました。
なるほど・・・と思うところがありました。
この本です。↓↓↓↓↓
話すチカラをつくる本 (知的生きかた文庫)/山田 ズーニー

だけど、おやつのチョコレートが、何故かアイスクリームになっちゃたので、
病院地下のコンビニイートインコーナーで本を読むという計画は断念されました。
(*^.^*)ハズカチー。
で、またパソの前でごじゃいます。(ハクション大魔王の視過ぎ^^;)
Amazonで著者を検索してみたら、色々ありました。
一番ズシーンと来たタイトルが以下のものだったので、自問自答したいので、あるいは反省というか、問題点の洗い出しっていうか、兎に角、自分の欠点について考えたかったので、注文しました。ドキッってするタイトルでしょ。
ぷぷぷ( ´艸`)↓↓↓↓↓
あなたの話はなぜ「通じない」のか (ちくま文庫)/山田 ズーニー

で、一番気になるタイトルの本を見つけました。↓↓↓↓↓
理解という名の愛がほしい——おとなの小論文教室。II/山田 ズーニー

私はあの4歳の従兄たちから疎外された事件もそうですけど、他にも孤立する事が多いんですね。


これまでも色んな事があって、記憶に新しいところでは震災もあって、
生を享けてこの世に来たからには、自己表現や他者理解をしたい。
そうして人(命・生)との交流が豊かな人生を送りたい。
これに帰着した気がします。というか、したいんだと思います。
皆さんもそうだと思います。
事故でも、病気でも、愛する人との今生の別れの経験。
あんなに苦しい事は無い。
一方で、旅立っていった人の置き土産が、
それから生きる人とのご縁なのだとしたら、
そのご縁を大切にしたい。
私の大切は真摯に考える、なんのために?と問われたら、
やっぱり、
生を享けてこの世に来たからには、自己表現や他者理解をしたい。
そうして人(命・生)との交流が豊かな人生を送りたい。
んだと思うんです。
だから、やっぱり、生きているうちに、誤解は解きたい。
そう切に願うのです。
そのための努力もしたい。
だからやっぱり、考えるのだと思います。
考えて、学んで、問うて、探して、また考えて・・・。
ネットの中、書籍の中でそれは完遂するとは毛頭思ってもいません。
そうして、外に出て、やっぱり交流して・・・。
変ですか?
変、なのかなあ・・・
物心ついたときから、ずっとずっとずっと、心の真ん中にあって、問うていること。
だからなんでしょうね。
仲間はずれとか、高圧的とか、威嚇とか、いろんな力技で、
相手を封じ込めるっていうか。
それは理解じゃなくて、相互理解じゃなくて、押さえつけ、っていうか、
押しつけっていうか、まだ理解に達していない途中っていうか・・・
そんなこんななんです。
勿論、言葉で、完遂するとも思っていません。
だから、直接逢えるものなら、逢った方がいい。
そう思っています。
膝を突き合わせる。ん・・・突く・・・の辞書的な意味は好きじゃないですね・・・今、IMEの辞書レベルで調べただけですけど・・・
膝を付き合わせる。
そう付き合う。


よこしま☆