昨年の音源がCD化されたのを記念しての今年のツアー前半。もうすっかり御二人の体に馴染んだ感じ。とっても心地よく聴けます。
「昔のメロディーはシンプル。なのに、とても長い間愛されている。そのシンプルをどう難しく聴かせるか、
ってやってますけど(笑)」と野呂さん。
そんなこんなで、本日は素敵なオーディエンスさんも初登場で、和気あいあいなライブです。
途中、天野さんのシールドの不具合が起きました。後に伺ったら、「歪みだした」と仰った天野さん。PAさんは急きょマイクフォロー。
天野さんに「マイクの方が音がいいよね」に、「いえ、マイクオンリーにしないで残して敢えて合わせて空間的にしてみました」とPAさん。
「いい音だよねー」と、また天野さん。PAさんの横にいて、天野さんに握手をしてもらった際に、
「シールドどうかなっちゃったんですか?」と伺ったら、そういう会話になりました。
確かに途中で左右のアンプからの音が微妙なズレと言うかあまり心地よくない音が僅かに入って来ました。
天野さんがシールドと足元のエフェクタを調整し始めたので、何かが起こったと解りました。
けれど、これをきっかけに、天野さんがこのライブでの御自身のプレイをどう立て直すかに興味が沸きました。
プロはどうするのか!それは後に、上に書いたPAさんとの協力で、立て直されるんですね。お勉強になりました。
対応がなされてから、天野さん御自身はどうなさるのか、という軸で御二人をいつの間にか見ていました。
ギターから出た音はPAさんを信頼して、お任せ、となると天野さんはプレイでどう挽回するのか。
そうすると、底力というか、トラブルが起こった時の立てなおし方に、プロの本領が発揮されるように直感したので、
自然と、野呂さんと天野さんを聴き比べ、見比べてしまう事になりました。
違いがよく解ります。
勿論プレイ、つまり、弦に対するアプローチの仕方が違うのは勿論なんですが、
(ギターは全くの素人なので、直感的な感想はご勘弁を。)
具体的には、運指による弦へのアプローチ、ピッキングによる弦へのアプローチ、インプロの際の投げ入れてくる音、に差異があるように思いました。
俯瞰して全体像として御二人を捉えてみると、左右の体の重心の位置が御二人で違うように見えました。
後から野呂さんに伝えました。直感素人コメントなので、変な子だと思われると思いつつドキドキしながら。
でも、ちゃんと疑問を拾って下さって、
「そうなんだよ、実は天野君は左利きなんだよ。」って教えて下さいました。へー、そうなんだー。
出るんですね、そういうのも。とすると、右利き用のギター(昔は皆、物が無くて、矯正しましたけれどね)へのプレイや理論を留学までして高めた人なんですね。
その天野さんを野呂さんは「鳴瀬さんから聞いていたんだけど、実際に聴いてみると本当に彼は上手いよね。ジャズ理論に僕の知らない部分があって、そこも基礎からしっかり学んでて。」といつも賞賛されます。
その天野さんが、野呂さんを、「何を仰いますか。独学で若くして世に出た凄い人じゃないですか。だってあのカシオペアですよ。」といつも仰います。
その御二人が今、目の前でプレイなさっている。僅かな小節数で小気味よく緻密に交代するパート。メロで聴かせる、バッキングで聴かせる。
二人の違が、まるでDNAが交差するように、螺旋状に進みながら、曲という作品をゴールに導く。
聴きごたえ十二分過ぎる二人。それでいて、シンプル。それでいて、複雑。
アンコール曲では、天野さんが、面白い和音を突っ込んで来ました!クリアなイメージが強い天野さん。
ジャズ理論にこのアプローチはあるの?と思うような、なんとも、不思議な不協和音の様な音を敢えて多用して来るソロを入れて来ました。
この「大人の遊び」に応えるように、野呂さんもそれまでのソロとは違ったアプローチのソロをプレイ。
大人のプレイとはこういう事をいうのだと、そう思いました。
御二人の相性はとてもよいものだと思いました。野球のバッテリーで言うとピッチャーが野呂さんでキャッチャーが天野さんだと思っていました。
当初はそれで固定されているようにも見えました。けれどもライブが佳境に入り、
「あの曲は披露する前から、もうこういう風になるものだったんだから、あそこで遊ばないとオカシイでしょ。」との天野さんの言葉通り、
いい意味でやんちゃに変身した天野さん。そうして、やんちゃな野呂さんが、ちょっと大人のやんちゃな野呂さんに急変しました。
これぞライブの醍醐味!これぞセッションの醍醐味!即興の醍醐味!!
御客さんの層も前回と比較して、幅広く、特に御二人より人生の先輩の御客様が増えられた様に思います。
去年は、震災もあって、「絶対いいです!絶対遺して欲しい!どうにか音源にならないんですか!!」とライブ終了後、
何か強い力に導かれるように様に野呂さんの所に突進していって、懇願したのを昨日の様に覚えています。
それを拾ってもらったのか解りません。既に、当時の山本恭司さんの企画と同時並行してもう企画があったのかもしれません。
兎に角、素人は知る由もありませんが、それでも、それから、8カ月待って発売された時は、嬉しさより不安の方が大きかったです(←勝手な感情移入^^;)
「これ、いい!」と思ってから即時的に世の中に出せる方が、経済でいう「先行価値」というものがあって、
それがCDにも当てはまる!と勝手に思いこんでいました。
けれども、今だからこそ、野呂さん天野さんよりも人生の先輩方の耳に届いたのかもしれません。
そういう意味では「去年、それまでとは全く違った方向(まさに邦楽!(方角))に、転換して、最初は”一体、どうなるのよ?”って思いましたけど、
ようやく板について来ましたね~。」と野呂さんもMCで仰っていましたが、
お気楽ギグのスタイルが確立されて、CDという形で世に出て、認知されたという事は喜ばしい事だと、
一ファンとして、心から思います。
先に書きましたが、いい意味で、遊びがどんどん入って行くライブです。
CDはCDとして、勿論楽しんでいただけます。けれども、それを聴いての、ライブ。
相乗効果間違いなし。おやじギャグの受け間違いなし(笑)。もっと面白い(豊かに人生を歩かれてきた)御客様、間違いなし(笑)
そんな素敵なライブでした・・・。
「昔のメロディーはシンプル。なのに、とても長い間愛されている。そのシンプルをどう難しく聴かせるか、
ってやってますけど(笑)」と野呂さん。
そんなこんなで、本日は素敵なオーディエンスさんも初登場で、和気あいあいなライブです。
途中、天野さんのシールドの不具合が起きました。後に伺ったら、「歪みだした」と仰った天野さん。PAさんは急きょマイクフォロー。
天野さんに「マイクの方が音がいいよね」に、「いえ、マイクオンリーにしないで残して敢えて合わせて空間的にしてみました」とPAさん。
「いい音だよねー」と、また天野さん。PAさんの横にいて、天野さんに握手をしてもらった際に、
「シールドどうかなっちゃったんですか?」と伺ったら、そういう会話になりました。
確かに途中で左右のアンプからの音が微妙なズレと言うかあまり心地よくない音が僅かに入って来ました。
天野さんがシールドと足元のエフェクタを調整し始めたので、何かが起こったと解りました。
けれど、これをきっかけに、天野さんがこのライブでの御自身のプレイをどう立て直すかに興味が沸きました。
プロはどうするのか!それは後に、上に書いたPAさんとの協力で、立て直されるんですね。お勉強になりました。
対応がなされてから、天野さん御自身はどうなさるのか、という軸で御二人をいつの間にか見ていました。
ギターから出た音はPAさんを信頼して、お任せ、となると天野さんはプレイでどう挽回するのか。
そうすると、底力というか、トラブルが起こった時の立てなおし方に、プロの本領が発揮されるように直感したので、
自然と、野呂さんと天野さんを聴き比べ、見比べてしまう事になりました。
違いがよく解ります。
勿論プレイ、つまり、弦に対するアプローチの仕方が違うのは勿論なんですが、
(ギターは全くの素人なので、直感的な感想はご勘弁を。)
具体的には、運指による弦へのアプローチ、ピッキングによる弦へのアプローチ、インプロの際の投げ入れてくる音、に差異があるように思いました。
俯瞰して全体像として御二人を捉えてみると、左右の体の重心の位置が御二人で違うように見えました。
後から野呂さんに伝えました。直感素人コメントなので、変な子だと思われると思いつつドキドキしながら。
でも、ちゃんと疑問を拾って下さって、
「そうなんだよ、実は天野君は左利きなんだよ。」って教えて下さいました。へー、そうなんだー。
出るんですね、そういうのも。とすると、右利き用のギター(昔は皆、物が無くて、矯正しましたけれどね)へのプレイや理論を留学までして高めた人なんですね。
その天野さんを野呂さんは「鳴瀬さんから聞いていたんだけど、実際に聴いてみると本当に彼は上手いよね。ジャズ理論に僕の知らない部分があって、そこも基礎からしっかり学んでて。」といつも賞賛されます。
その天野さんが、野呂さんを、「何を仰いますか。独学で若くして世に出た凄い人じゃないですか。だってあのカシオペアですよ。」といつも仰います。
その御二人が今、目の前でプレイなさっている。僅かな小節数で小気味よく緻密に交代するパート。メロで聴かせる、バッキングで聴かせる。
二人の違が、まるでDNAが交差するように、螺旋状に進みながら、曲という作品をゴールに導く。
聴きごたえ十二分過ぎる二人。それでいて、シンプル。それでいて、複雑。
アンコール曲では、天野さんが、面白い和音を突っ込んで来ました!クリアなイメージが強い天野さん。
ジャズ理論にこのアプローチはあるの?と思うような、なんとも、不思議な不協和音の様な音を敢えて多用して来るソロを入れて来ました。
この「大人の遊び」に応えるように、野呂さんもそれまでのソロとは違ったアプローチのソロをプレイ。
大人のプレイとはこういう事をいうのだと、そう思いました。
御二人の相性はとてもよいものだと思いました。野球のバッテリーで言うとピッチャーが野呂さんでキャッチャーが天野さんだと思っていました。
当初はそれで固定されているようにも見えました。けれどもライブが佳境に入り、
「あの曲は披露する前から、もうこういう風になるものだったんだから、あそこで遊ばないとオカシイでしょ。」との天野さんの言葉通り、
いい意味でやんちゃに変身した天野さん。そうして、やんちゃな野呂さんが、ちょっと大人のやんちゃな野呂さんに急変しました。
これぞライブの醍醐味!これぞセッションの醍醐味!即興の醍醐味!!
御客さんの層も前回と比較して、幅広く、特に御二人より人生の先輩の御客様が増えられた様に思います。
去年は、震災もあって、「絶対いいです!絶対遺して欲しい!どうにか音源にならないんですか!!」とライブ終了後、
何か強い力に導かれるように様に野呂さんの所に突進していって、懇願したのを昨日の様に覚えています。
それを拾ってもらったのか解りません。既に、当時の山本恭司さんの企画と同時並行してもう企画があったのかもしれません。
兎に角、素人は知る由もありませんが、それでも、それから、8カ月待って発売された時は、嬉しさより不安の方が大きかったです(←勝手な感情移入^^;)
「これ、いい!」と思ってから即時的に世の中に出せる方が、経済でいう「先行価値」というものがあって、
それがCDにも当てはまる!と勝手に思いこんでいました。
けれども、今だからこそ、野呂さん天野さんよりも人生の先輩方の耳に届いたのかもしれません。
そういう意味では「去年、それまでとは全く違った方向(まさに邦楽!(方角))に、転換して、最初は”一体、どうなるのよ?”って思いましたけど、
ようやく板について来ましたね~。」と野呂さんもMCで仰っていましたが、
お気楽ギグのスタイルが確立されて、CDという形で世に出て、認知されたという事は喜ばしい事だと、
一ファンとして、心から思います。
先に書きましたが、いい意味で、遊びがどんどん入って行くライブです。
CDはCDとして、勿論楽しんでいただけます。けれども、それを聴いての、ライブ。
相乗効果間違いなし。おやじギャグの受け間違いなし(笑)。もっと面白い(豊かに人生を歩かれてきた)御客様、間違いなし(笑)
そんな素敵なライブでした・・・。