更新を止めてましたが、再開します。
ちょっといっぱいいっぱいだったのもしれず、さらにそれに気付いてか気付かずか、騙し騙し乗り切ってきてた感じです。
ところがダウン。
潰瘍性大腸炎が悪化し、月曜日から荷物まとめて入院になりました。
菜子にしばらく会えない…
■月曜日
朝一番で診察。友達の結婚式のプロフィールムービーが未だに完成しておらず、手術前日にもかかわらず久々の徹夜を敢行。
なのでそのまま受診しました。
胸のCT、X線、採血。
あまりに眠くてCTの台に寝かされた瞬間に数秒で爆睡という離れ業。「息を吸って」のアナウンスで目覚める。
午後、大腸ファイバー。
ニフレック2リットルでスカスカにして、お待ちかねの検査。
さぞ破壊的な睡眠導入が来るとワクワクしていた。検査衣に着替え、酸素吸入をつけ、痛み止めと眠くなる注射を点滴から投与。電気が消され、いつものまどろみの雰囲気に。目の前にはこちらもいつもの「TOSHIBA BALDIA」のレコーダーの品番文字。
もう少しで飛ぶ、変態だけどこの瞬間が恐ろしく好きだ。
主治医が肛門にゼリーをつけて指を突っ込む。「効きにくいかもしらんね、何回もやってるから」と聴こえる。
その数秒後、視界が狭くなり、ゆるーくぼやけて来て、次に気付いた時は病室のベッドの上でした。
吐き気なし。
詰め所でファイバーの結果を見ながら受診。うわー、あかん状態。
炎症所見は、広域というよりも、広域かつ深く抉れている。穿孔の危険性が頭をよぎり、ぞっとした。
当初は、レミケード治療への切り替えが可能か確認するための検査入院だったが、即座に予定変更。
いつものように潰瘍性大腸炎の治療をすることになった。
メニューは、プレドニン40mmを一日朝晩二回点滴。完全絶食。LCAPを10セット。加えて、レミケード投与。
前よりも少しプランが増えてます。
検査入院で、4~5日で退院するつもりだったけど(実際あちこちに周知したし)、一週間は最低でも必要になった。
でも今回で色々考えました。
僕を蝕んでいるこの病気。
食事やお酒などの飲食が病変に与える影響は、多少はあるもののクローン病ほどではないため、ほんの少し関係する程度とのこと。
それよりも、肉体的、精神的ストレスによるもの。免疫異常が原因とされているため、やはりそこらしい。
原因ってなんだろう。
なにがストレスで、なにがストレス解消になってるんだろう。
仕事?人間関係?家族?健康不良?
仕事が要因のひとつというのは間違いないと思う。仕事そのものというよりも、仕事に対しての実力と望むものの乖離。
勤めている以上ステップアップを目指すのは当たり前だし、会社に寄与・貢献するのも責任。
だけどうまくいかない。
焦りすぎなのかな。自分を過信しているような気もする。過信し、その位置から下がらないように食い下がって、それに必死で、やるべきことができてなかったり。
どうしたらいいのかな。
妻と菜子と犬といると落ち着く。
僕や姉が、幼い頃から渇望し続けてきた「普通」の家族。しあわせの形。
僕は家で、けっこうグータラしている夫らしいので、妻にはよく怒られるけど、それでもやいやい言いながらも妻が笑うと楽しいし、疲れていそうなら助けてあげたいと思う。
二人して菜子の成長を楽しんでいるのは心から幸せです。
そんな時、なにかしてあげたくても、体を動かすのが億劫な事がある。眠かったり、だるかったり、苛々していたり。
僕はアクティブに動く事はできるので、何かが作用しているんだと思う。
だから、僕のストレスは外にある。
これから先、しばらく凍結していた、妻との旅行にも行ける。今度は菜子を連れて。
写真やムービーをいっぱい撮って、いつもみたいに美味しいものを食べて、息づく街並みや自然を味わって、珍しくて可愛い土産物を買う。
バーベキューをしたり、年間のイベントも一緒に過ごし、ディズニーランドに行ったり、夏は九州へ行き、冬は皆でくっついて寒さをしのぐ。
菜子には思い切り楽しい思いをさせてあげるし、お父さんもそこには一緒にいる。
なんて幸せなんだろう。
そんな幸せな時間があっていいのだろうかともいうほど、今の僕からみたらその時間は神々しく、涙が出るほど望ましいものだ。
ささやか?とんでもない。
僕は劇的に気が付いた。
菜子と妻が、僕に生きる喜びを与えてくれた。
これまで僕を突き動かしてきた、仕事。できる男になりたくて、冷静さを欠きながらも、細かい事を誤魔化しながらも、持ち前の仕事運と表向きの器用さ、部下からの信頼を受けて、なんとかここまで走ってきた。
そろそろ変える時かもしれない。
腐るわけじゃないし、帰属意識や貢献意欲、出世意欲も持ち続ける。
でも分相応も考えよう。
もう少し、建設的になろう。
あれもできてる、これもできてる、そう見せるのはもう疲れた。
建設的な考えで仕事をしよう。
僕は、妻と娘と、幸せに暮らしたい。
健康でいたい。
大腸全摘も入院も嫌だ。
50で死ぬのも嫌だ。
そのためには、今まで守ってきた、拠り所にしてきた、仕事への依存は見直す。
そもそも、それが正しかったのかさえわからないのだから(実際にからだ壊してるし)。
真面目に、必死に取り組んできた20台があったからこそ、多分妻も腑抜けではない僕に魅力を感じて意識を向けたんだと思うし、結婚することにもなったはず。
ここからは、体を第一にして、一日でも長く愛する家族と過ごせるように生きていきたいです。
火曜日は入院二日目、特になにもなし。
体重は、入院時に測ったら76kg。
二日目に測ったら73.5kgでした。
ちょっといっぱいいっぱいだったのもしれず、さらにそれに気付いてか気付かずか、騙し騙し乗り切ってきてた感じです。
ところがダウン。
潰瘍性大腸炎が悪化し、月曜日から荷物まとめて入院になりました。
菜子にしばらく会えない…
■月曜日
朝一番で診察。友達の結婚式のプロフィールムービーが未だに完成しておらず、手術前日にもかかわらず久々の徹夜を敢行。
なのでそのまま受診しました。
胸のCT、X線、採血。
あまりに眠くてCTの台に寝かされた瞬間に数秒で爆睡という離れ業。「息を吸って」のアナウンスで目覚める。
午後、大腸ファイバー。
ニフレック2リットルでスカスカにして、お待ちかねの検査。
さぞ破壊的な睡眠導入が来るとワクワクしていた。検査衣に着替え、酸素吸入をつけ、痛み止めと眠くなる注射を点滴から投与。電気が消され、いつものまどろみの雰囲気に。目の前にはこちらもいつもの「TOSHIBA BALDIA」のレコーダーの品番文字。
もう少しで飛ぶ、変態だけどこの瞬間が恐ろしく好きだ。
主治医が肛門にゼリーをつけて指を突っ込む。「効きにくいかもしらんね、何回もやってるから」と聴こえる。
その数秒後、視界が狭くなり、ゆるーくぼやけて来て、次に気付いた時は病室のベッドの上でした。
吐き気なし。
詰め所でファイバーの結果を見ながら受診。うわー、あかん状態。
炎症所見は、広域というよりも、広域かつ深く抉れている。穿孔の危険性が頭をよぎり、ぞっとした。
当初は、レミケード治療への切り替えが可能か確認するための検査入院だったが、即座に予定変更。
いつものように潰瘍性大腸炎の治療をすることになった。
メニューは、プレドニン40mmを一日朝晩二回点滴。完全絶食。LCAPを10セット。加えて、レミケード投与。
前よりも少しプランが増えてます。
検査入院で、4~5日で退院するつもりだったけど(実際あちこちに周知したし)、一週間は最低でも必要になった。
でも今回で色々考えました。
僕を蝕んでいるこの病気。
食事やお酒などの飲食が病変に与える影響は、多少はあるもののクローン病ほどではないため、ほんの少し関係する程度とのこと。
それよりも、肉体的、精神的ストレスによるもの。免疫異常が原因とされているため、やはりそこらしい。
原因ってなんだろう。
なにがストレスで、なにがストレス解消になってるんだろう。
仕事?人間関係?家族?健康不良?
仕事が要因のひとつというのは間違いないと思う。仕事そのものというよりも、仕事に対しての実力と望むものの乖離。
勤めている以上ステップアップを目指すのは当たり前だし、会社に寄与・貢献するのも責任。
だけどうまくいかない。
焦りすぎなのかな。自分を過信しているような気もする。過信し、その位置から下がらないように食い下がって、それに必死で、やるべきことができてなかったり。
どうしたらいいのかな。
妻と菜子と犬といると落ち着く。
僕や姉が、幼い頃から渇望し続けてきた「普通」の家族。しあわせの形。
僕は家で、けっこうグータラしている夫らしいので、妻にはよく怒られるけど、それでもやいやい言いながらも妻が笑うと楽しいし、疲れていそうなら助けてあげたいと思う。
二人して菜子の成長を楽しんでいるのは心から幸せです。
そんな時、なにかしてあげたくても、体を動かすのが億劫な事がある。眠かったり、だるかったり、苛々していたり。
僕はアクティブに動く事はできるので、何かが作用しているんだと思う。
だから、僕のストレスは外にある。
これから先、しばらく凍結していた、妻との旅行にも行ける。今度は菜子を連れて。
写真やムービーをいっぱい撮って、いつもみたいに美味しいものを食べて、息づく街並みや自然を味わって、珍しくて可愛い土産物を買う。
バーベキューをしたり、年間のイベントも一緒に過ごし、ディズニーランドに行ったり、夏は九州へ行き、冬は皆でくっついて寒さをしのぐ。
菜子には思い切り楽しい思いをさせてあげるし、お父さんもそこには一緒にいる。
なんて幸せなんだろう。
そんな幸せな時間があっていいのだろうかともいうほど、今の僕からみたらその時間は神々しく、涙が出るほど望ましいものだ。
ささやか?とんでもない。
僕は劇的に気が付いた。
菜子と妻が、僕に生きる喜びを与えてくれた。
これまで僕を突き動かしてきた、仕事。できる男になりたくて、冷静さを欠きながらも、細かい事を誤魔化しながらも、持ち前の仕事運と表向きの器用さ、部下からの信頼を受けて、なんとかここまで走ってきた。
そろそろ変える時かもしれない。
腐るわけじゃないし、帰属意識や貢献意欲、出世意欲も持ち続ける。
でも分相応も考えよう。
もう少し、建設的になろう。
あれもできてる、これもできてる、そう見せるのはもう疲れた。
建設的な考えで仕事をしよう。
僕は、妻と娘と、幸せに暮らしたい。
健康でいたい。
大腸全摘も入院も嫌だ。
50で死ぬのも嫌だ。
そのためには、今まで守ってきた、拠り所にしてきた、仕事への依存は見直す。
そもそも、それが正しかったのかさえわからないのだから(実際にからだ壊してるし)。
真面目に、必死に取り組んできた20台があったからこそ、多分妻も腑抜けではない僕に魅力を感じて意識を向けたんだと思うし、結婚することにもなったはず。
ここからは、体を第一にして、一日でも長く愛する家族と過ごせるように生きていきたいです。
火曜日は入院二日目、特になにもなし。
体重は、入院時に測ったら76kg。
二日目に測ったら73.5kgでした。