コロ助がやってくる前から、母には













色々手こずっていた
家事のやり方がとにかく気に入らないらしい。
家中のタオル、私は毎日洗わないと気が
済まない
衛生観念乏しい母は、私を神経質過ぎると罵る。
使用したタオルを翌日もそのままにしておくと、
便座で顔拭いてるのと同じ位菌繁殖してますよ
掃除機毎日かけると、見ているだけで疲れると
言われるので、通院している大学病院のドクター
にアレルギー持ちの母に清潔にすることが
予防の第一歩ということを説諭してもらう
糖尿持ちなのに夜の10時過ぎから、柑橘類等を
食べ始める。
食べかすも散らかしっぱなしで、
ショウジョウバエ、ブ~ンブン
高齢者なのにとにかく夜更かしなものだから、
(翌日起きて朝御飯作る習慣がないから)
暇に任せて何かしら、寝るまで口に入れている。
で、ほぼ動かない。
そりゃあ、病気のデパートにもなるよ
一番いいのは遅い時間に食べないこと、
それが出来ないならせめて量を減らして、
夕食後すぐに食べるとかにした方がいいよ。
当然返って来る答えは煩い!ですw
ここでまた大学病院の別の科のドクターに
食生活の話をし、「私、監視されているん
です!」と、訴える母にドクター静かに言った。
「それは監視じゃなくて、管理ですよ。
管理してくれる人がいることに感謝しないとね。」
ぶっひゃっひゃ
あの時のぽっか~んな顔、画像に収めたかった。
話が大きく反れてしまいましたが、
そんなこんなでまぁ、母の我が儘発言や父の
ボケボケに振り回されながらも、平穏無事に
暮らしていたある日、1本の電話で大きく運命が
変わるのである。
娘から「母さん、落ち着いて聞いてね。」
「どした?そっちは元気なの?」
「オヤジが明け方脳梗塞で救急車で運ばれたんだ。」
「え?どこの病院?」
「NTT東日本関東病院」
うわ、マジか
はい、そこからはもう大変。
定年退職間際故、会社的にも色々手続きあり
また急性期病院のため、一定の治療が終われば
回復期病院に転院しなければならず、わずか
2ヶ月で老人と私、犬の同居生活は終わりを
告げるのである。
コロ助を飼うと言い出したのは父だが、実際の
お世話は私、一日中後をずっとついて回るこの
状態では連れて帰るしかない。
後ろ髪思いっきり引っ張られる思い引きずり
ながら、戻らざるを得なかった
旦那の入院を境に老人二人は不穏になり、
父親は愚図りだす始末、母親はあんなに私を
敵視していたのに、「あんたが居なくなった
ら~」と不安漏らしたり、荷造りする私に
暴言はきまくる。
私、この間げっそりと痩せ、もしかしたら自分も
何かしら重大な疾患に掛かるかも知れない予感が
していた
それが3年後見事に的中することとなるのだが…
老人二人を振り切って、1歳になったばかりの
コロ助と新幹線に乗って、横浜に帰ることにした。
あの時の寂しげな表情の父思い出すと、今でも
鼻の奥がじわっとなる
旦那よ!あんた
タイミング
悪すぎ!!
おかーしゃん、大変だったんですねぇ。
そーなのよ
すんごい大変だったのよ~
ところで、おいらのおやつは?
………………。話、聞いてないやろ

