9 血縁の記憶 | 南域結界☆ ジェルソミーナ

9 血縁の記憶

 懐中時計の機械内部は、繊細で、複雑を極める。
 一見しただけでは、何がどうなっているのか、全く分からない。

 ピンセットで一つの部品を横にずらすと、下から、軸の付いた車輪のような弧円が現われる。
 そこから飛び出した「銀杏型」の小さな取っ手を緩めると、重厚な内部が、表側へスライドする。
 側部には、星くずのようなネジが散りばめられている。
 それを一つ一つ、作業眼鏡をかけながら、慎重にはずし、心臓部へと到達する。

 彼女は、覚えている。
 あれは蒸し暑い、夏の日のことだった。
 木槌の音がこだまする、山村の、ほころびたレンガ道沿いの大樹の下で……
 老人が一人、椅子と小卓を出し、懐中時計を直していたのだ。
(それと同じことを、この人は、やっている……)

 今まで自分が宰相に抱いてきた印象との、激しい落差に、彼女は愕然と、驚きを感じていた。
 青白い光に手元を照らさせ、彼は無心に、仕掛内部の修理を続けている。
 ネジ回しを操るその手は、目を疑うほどに、乱れがない。
 これが本当に、いつも見ていたマーカス・キーツ宰相の姿なのか。
 密集し合った小さな部品を、ひとつひとつ、丁寧に選り分ける姿は、彼女の中のキーツ像とは全く異なっていた。

 こんな技術をいったいどこで覚えたのだろう。
 ひょっとすると父か祖父か――誰かがやっているのを見て、覚えたのかもしれない。
 ジェルソミーナは、その落差に目を見開き、そしてその感覚を持て余したかのように、ベンチの背にもたれかかった。

 そういえば、この宰相のことを、ジェルソミーナは何も知らない。
(……ひょっとして、この人ってすごい人なんじゃ……)

 彼女は、その横顔を。そして指先を、凝視した。
 左手首の『リボン』が、ぎゅっ、と収縮したような気がした。

 キーツはちらり、と横の木偶を、見遣った。
(なにをしに来たのだ……?)
 いやおうなしに、自分が現実に引き戻されていくのが分かった。
(姿を現わすなと言った言葉が、通じなかったはずでもなかろうに……)

 無防備な、結界師のドレス姿が、目に止まった。
 淡い青の、艶やかなドレス。
 それが彼女に似合っているかどうかなど、彼には関係ない。
 心の奥底から、早くこの女を殺せと、あの声が悲鳴を上げ続けている。
 眠っていた感情が、嘘のように、今度は全身に蔓延しはじめる。

(この女はわたしの影なのか……? わたしの影のように、どこまでもつきまとい、わたしを永遠に苦しめる。こんな所にまで……!)

 途端、突き破るような悲しみが、喉元にまで込み上げてきた。
(そうか……やはりこいつは……こいつはやはり、このわたしを……っ)
 彼は金属片をにぎりしめた。
「わたしに……」
 ――お前が殺せないとでも思っているのか、そう、キーツは言おうとした。
 が、その直前に、
「キーツ様って……すごいんですね」
 唇から漏れ出た言葉に、遮られた。
「かっこいい……」


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