4 血縁の記憶 | 南域結界☆ ジェルソミーナ

4 血縁の記憶

「逃げ道……それは、結界師の、守りの固さだった。キーツの力をもってしても、切り崩せない、魔法の壁。ジェルソミーナ、あなたは、自分の力を低く評価しているようだけど、私はそうは思わないよ……キーツ様が見つけたのは、自分の剣が決して通らない、しかもどんな無茶をしても、決して壊れない存在だった。殺そうと努力をしている間は、何もかもを忘れられる。結界師を憎んでいる間は、不安な気持ちを忘れることができる。しかも相手は、決して死なない……最近のキーツ様は、どこか、安心してあなたを切り付けている感じがする。ひたすら、不安から目を逸らすようにね。そうすることでほんの少し、心が楽になるんだろう」

 意味分かる? と、全く理解できなかったらしい、ジェルソミーナに尋ねた。
「つまりどういう……」
「ようするに」
 ちょっとレイリは、じれったそうだ。

「キーツ様はこれからも、何かとあなたに当たるだろうけど、あなたが深く考える必要はない、という事よ。結界師はただ、自分の「守り」の力を落とさないように気をつければいいだけ」
「ふうん……。まあ、レイリちゃんがそう言うなら……」
「ジェルソミーナっ」
 腕に抱きかかえられたまま、レイリは、ほっぺたを膨らませた。
「本当に意味、分かってる? 私が言ったこと、きちんと伝わった?」
「う、うん、大丈夫よ。……たぶん……」
「たぶんっ?」
 金色の髪が、逆立った。


 レイリは、おそらく、気付いていたはずだ。
 柔らかな雪の、どこまでも降り積もる、雑木林の。
 ずっと、向こう。
 山を越え、川を越え、森を抜けた先にある、小さな国境沿いの村で、ある悲惨な災害が、起こっている事を。
 気付いていた証拠に、先程から氷滴の中で、あの貴婦人が、陰鬱そうにどこかを見ていた。
 だが見ているだけで、何も語りはしない。

 無防備だった村に、突如。巨大な力が、押し寄せたのだ。
 村人には逃げる機会も与えられなかった。
 村は丁度、昼食の時間で、学校からお昼ご飯を食べに、子供達が、家へ帰宅するところだった。
 山で轟音が鳴り響き、田畑の人々は手を止めた。
 誰もが、雷の先触れではないかと、思った。
 しかし、それは雷などではなかった。
 人々は、山が中央から割れ、崩れ落ちるのを目にした。噴き上がる黒い煙、赤く染まった空、飛び散る無数の岩石。
「逃げろ!」
 たちまちに山を呑み込んだ巨大な渦に、誰かが叫んだ。
 しかし、間に合わない。
 渦はいっそう混濁を増し、すでに見える限りの空を、渦の体内に呑み込んでいた。
 村は瞬時に光を失った。
 渦に呑み込まれていたのである。

 あとは、暗闇の中だけの出来事であった。
 人々が切り刻まれ、押し潰され、溶かされる、阿鼻叫喚の叫びが、大地にこだました。


 それでも氷の中で、婦人は何も言わなかった。
 緑色の目を、どこか一点に据えたまま、身動きひとつ、しなかった。
 雪の上で、少女レイリと、ジェルソミーナが言い合っている。
 今の彼女達に、この遠くの村の事件は関わりがない。


 村から闇が去った時、その山間の小さな村は、まるで山津波に襲われた後のように、何もかも、粉々に砕け散ってしまっていた。
 それが、『悲しみの悪魔』の再来であると、誰が知ることができたであろうか。
 ――雪が枝から、どさりと、落ちた。


>INDEX