1 血縁の記憶 | 南域結界☆ ジェルソミーナ

1 血縁の記憶

   四章 血縁の記憶



「レイリ……」
 おかしなことがあるものだ。
 しかし、こんな雪の中、それも町から遠く離れた、人気のない雑木林の中では、こんなことも起こり得るのかもしれない。
「ジェルソミーナ」
 雪は、膝下まで積もり、深く、木々の枝を、街道へ垂れさせている。

 ジェルソミーナは、オーバーに耳当てを付けた、正面の少女を見つめた。
 おかしなことがあるものだ。
 初めて会う人のはずなのに、ジェルソミーナは、その少女の名前を知っている。
 その上、この少女が、『マチルダの実姉』であることも、なぜか知っている。
 ……実姉?
 マチルダは一人娘ではなかったか?
(そうだ、間違いない。一人っ子のはずだ)

 だから両親が、マチルダを、寄宿舎に入れるのを、あれほどしぶったのだ。
 ――でも、姉もいた。
(え?)
 姉がいるのに、一人っ子ということがあるのか。
 マチルダは間違いなく一人っ子だ。
 でも……姉がいた記憶も、ある。

 ジェルソミーナはレイリを前にして、訳が分からなくなっていた。
 雪の中に立っている、緑の目の、彼女。
 マチルダの『実姉』レイリは、ぶ厚い眼鏡の奥から、そんなジェルソミーナを楽しそうに見つめている。
 優しい目だ。
 あどけない目だ。
 知性が溢れて、深みのある……吸い込まれそうな、緑の瞳。

 ……姉は、やはりいたのに違いない。一人っ子だと思っていたのは、きっと、何かの勘違いだ。
「ジェルソミーナ、仕事には行かないの?」
(あら?)
 レイリはこんな、声だったろうか。
 マチルダとそれほど身長も変わらない、あどけない少女の口から聞こえてくるのは、低いトーンの冷静な声。
 大人の声だ。
 枝から垂れ落ちかけの、幾本もの氷の雫に、長いドレスを着た貴婦人の姿が、ごく小さく映っている。
 他の氷滴にはジェルソミーナの姿。
 しかし……少女レイリの姿は、どこにも映っていない。

(おかしい)
 初めて見る不思議な光景なのに、それが不思議だとは思わない。
(いつものことじゃないの。鏡や、なにかの像を映す物には、大人の姿しか映らないのよ)
(なぜ、それを……、私が知っているの?)

 振り返ると、少女と雫の婦人が、静かな目で彼女を見つめている。
 ジェルソミーナのとまどいに、思慮深く答えるかのように。

 何かに姿を映している時のレイリは、特別、思慮深くなるのだろう。
 いや、今までもずっと、思慮深かったではないか、学院生のあの頃も、卒業式のあの頃も、確か、確か……。
「ジェルソ、どうしたの」


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