3 愛されるもの・愛される花 | 南域結界☆ ジェルソミーナ

3 愛されるもの・愛される花

 窓辺から地上に降りるなり、カヤは、特にジュンクリフへ、念入りに説明を始めた。
「見つかるなよ。途中、足場の安定が悪いから、気を付けて」
 ジュンクリフが二番目によじ登った。
 確かに、安定が悪い。
 けれども無事に登りきった。
 カヤは通りに気を配っている。今度はニックが、木箱を押さえておく係だ。
「あれだな。あの……奥のテーブルの。紫のショールの」
 意識は通りにむけたまま、カヤは答える。
「そう、その女。紅茶飲んでるだろ?」
「うん」

 木箱の上でほんの少し上体を反らせ、壁の排水管につかまると、アーチ型の窓から、明るい喫茶室の中を覗き見することができる。
 一階に集まる客よりも、ほんの少し上品な集まりのようで、紅茶を飲んだり談笑をする仕草にも、品がある。
 新しく開店した喫茶堂とは聞いていたが、天井にはクリーム色の天使の誕生が描かれ、戸棚や柱は艶をおとしたピンク色。シャンデリアは貝殻をかたどった可愛らしい作りで、壁紙にも貝があしらってある。
 これはちょっとした、宮廷の喫茶室のようだ。

「うん……いいなあ、かわいいなあ」
「な? そういう女を選べよ」
 カヤも下から、そうだろう? と念を押す。
 ニックも上を見上げて、
「ジュン、僕からも忠告するよ。女は外見じゃないぞ」
「いや、外見も大事だ」
 とはカヤ。
「いいや、外見とスタイルが全てだ!」
 小声で頭上から、言い返している。
 ニックとカヤは、嬉し気に目を見合わせた。
 「奴、ちょっと元気になってきたみたいじゃないか」。
 どんなにジュンクリフが取り澄ましても、彼らには分かっていたのだ。
 かなりへこんでいる時ほど、何でもない振りをしてしまうものなのだと。

 客層は若い女の子が中心で、どの子も皆、可愛らしい。
 男の身では躊躇してしまう、愛らしい内装の店内だが、こうして眺めているだけなら、どきどきしながら楽しめる。

 確かに、この前の『手料理対決』では、ジュンクリフは大敗を喫した。
 まさか、シェアがあそこまで料理音痴で、あそこまでエナの技術が勝れているとは思わなかったから、後で、
「馬鹿ねえ、前もって私に相談してくれれば助けてあげたのに。ほら、シェアの家に遊びに行って、みんなで料理作ろうって時、シェアちゃん一人だけ片付けばっかりしてたの、知ってるでしょ? あの子は絵ばっかりで、食べる事にはからっきし興味がないの。放っておくと何日間も、水しか飲んでないんだから」
 ジェルソミーナに言われた時、正直、かなり腹が立ったものの、言い返す言葉は出なかった。
「まあ、シェアには朝ご飯ぐらい作るように、ちゃんと言っておくから……」

 しかし、彼は驚いていたのである。
 画家、シェア・マードックとの交際が絶たれても、彼は拍子抜けするぐらい、悲しくとも何ともなかったのである。
 それは今も変わらない。
(あきれたなあ)
 むしろ、彼の胸に鬱々とのしかかっている物は、エナと「つき合わなければならない」という、重く苦しい呪縛であった。
(なんであんな、約束しちまったんだろ。俺)
 よりによって、と息をつく。


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