6 もつれる糸 | 南域結界☆ ジェルソミーナ

6 もつれる糸

 そして、振り返る暇も与えずに、
「っ!」
 一撃目は、突然におとずれた。
 自動障壁は完璧に、彼女の体を守ってくれている。
「閣下っ!」
 眠気などふきとんだ。
 この宰相が、この城の居心地を悪くさせている。
 国がおかしくなってきているのも、全てこの宰相のせいだ。
 そして、この宰相とは、絶対に、反りが合わない。

(こんな奴が「神」なもんか!)
 宰相の剣が、防御膜にくい込んだ。
 剣の柄から溢れ出した光が、たちまちに、結界師の障壁を呑み込む。
「……どういうおつもりですか、いったい!」
「なぜ帰ってきた」

 全てを切り裂こうとする荒々しさとは裏腹に、消え入りそうな静けさで、尋ねる。
「帰ってくるなと伝えるよう、あの女に言っておいたはずだがな。聞かなかったのか」
「えっ。あ……はい、何も……」
 刃に、憎しみの重みが加わった。
 同時に、怒りだけしか感じられなかった瞳に、妖しい光が広がっていく。
(魔物……!)

「もう一度聞く」
 激しい風が、彼女を横殴りに、叩きつけた。
「なぜ、帰ってきた」
「それは……」
「なぜ帰ってきた、なんのために?」
(――わたしを苦しめるためか――?)

 これ以上、パストラルの仕事を引受けるのは難しいと、ジェルソミーナは覚悟した。
 ここまでだ。
「皇帝陛下から、お呼びがあったからです。大至急の」
「そんなことで!」
 障壁の上を、剣が滑った。
 いや、滑ったかのように見えて、なぜられた部分一面に、こまかな「ヒビ」が入った。
「だから帰ってきたというのか。そんな、くだらないことで!」

 危ないところだった。
 咄嗟に身をかわさなければ、防御膜は破れ、自動障壁もどうなっていたか分からない。致命的な最後の一撃は避けた。
 ジェルソミーナは新しく、正規の結界を張り直す。
 宰相の力は、以前、「悲しみの悪魔」の眠る縦穴で、一悶着おこした時よりも、遙かに強くなっている。
 この成長は並ではない。
 大体、あんな重そうなマントを着て、よくもこんなに動けるものだ。その時点で人間業ではない。

 ジェルソミーナはいつもの通りの、「生易しいこと」をやっていられなくなった。
 この人には「対お客様マニュアル」ではなくて、『対魔獣マニュアル』を適用した方がいいぐらいだ。
 最後の呪文を唱え終えた時、廊下の床・柱・壁・天井一面に、赤い斑紋が浮かび上がった。
 彼女の身の周りにもぼんやりと、水泡の浮かぶ、銀色の膜が現われている。

 宰相は、剣を振り下ろさずに、眉をひそめて、
「あの女を呼べ」
 とだけ言った。


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