5 もつれる糸 | 南域結界☆ ジェルソミーナ

5 もつれる糸

 宰相の、後ろ姿が止まった。
 王女は上品に、笑い声を立てている。
「何でも知っておりますの、驚いたでしょ? 実は、お父様から聞きましたの」
 ジェルソミーナより二つばかり年上のはずだが、幾つになっても愛らしい姫は、とびっきりの茶目っ気ぶりを発揮した。

 しかしこちらの心臓は、とっくの昔に止まってしまっている。
 そんなジェルソミーナの気も知らないで、腕を引っ張り、王女は宰相に聞こえないように囁いた。
「『殺し文句』。ですわね、まさしく! 嫁ぎ先の決まっている身には、羨ましいですわ、結界師!」
「……姫様?」
「わたくしなど、嫁ぐ相手と口を利いたこともありませんのよ。そんな刺激的な恋、一度でもいいからしてみたかった……。ああ、けれど、物心つく頃には婚約者は決まっていたし、何よりお父様がお嘆きになりますものね……」
「姫様……っ」
「羨ましい。羨ましすぎです、結界師! わたくしと取り替えなさい!」
「ご冗談をっ」
 上目使いで睨んでみせる。
 その目つきは明らかに、この場の混乱を楽しんでいる。

 エオリオ王女は巧みに扇を操って、唇を押さえ、
「文字通り、『殺し文句』」
 色っぽく笑って見せた。
「フィーネ。姫様も新年の儀に、出席されるんじゃないの?」
「まだ時間はありますのよ、結界師さん」
 フィーネは残酷にも、ためらわず笑顔で答える。
「結界師ばかりずるいわ。刺激的なことばかり」
 扇の角で手の中を、ぱんぱんと叩く。

「わたくしも宰相に殺されてみたい」
「馬鹿なことをおっしゃらないで下さい。フィーネ、お姫様の衣装替えを。式典の準備!」
「結界師」
 振り切ろうとしたのに、またいつの間にか王女が袖をつかんでいる。
「結婚する時は、一緒に結婚しましょ」
「は?」
「わたくしだけがいつも特別。そんなの嫌だわ」
 そうこうしているうちに王女を捜していた女官達が現われ、たちまち王女を取り囲んだ。
「ねえ、今年は町の祭に行っても構わないでしょ。お父様もお許しを下さっているわ。本当よ。神官達の顔を見てもつまらない。ねえ……」
 何やら文句を言っていたが、王女は女官達に連れ去られていった。


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