4 もつれる糸
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雨が上がり、青間の見える早朝の空は、なんとも気持ちの良いものである。
真紅の花びらを開かせた、南国産の植木の葉に、昨夜の雨が溜まっている。
肉厚で大きな葉だから水滴の溜まる量も多いのだろう、馬丁の息子がやって来て、「あっちだ、あっちだ」と言いながら、小間使いの少女と一緒に両手に水を溜めて遊んでいる。
特にすることもないので、ジェルソミーナは手すりによりかかって、庭園の彼らを眺めていた。
欠伸がひっきりなしに出てくる。
故郷でのんびり、昼まで寝て過ごす生活を夢見ていたら、これだ。羽筒の知らせを使って、皇帝から「緊急事態」の信号が入った。
確かに、可愛い愛娘のお願いは、「緊急事態」ものなのかもしれないが。
並々ならない気配に気付いて、ジェルソミーナは、後ろを振り返った。
昇り始めた太陽が、廊下を眩しく、照らしている。
ジェルソミーナは思わず身を引いた。
顔色のない、亡霊のような姿があった。
「……」
見る事は滅多にない、儀礼用のいでたちで、マーカス・キーツ宰相が視界を遮っている。
艶やかなマントは喉元から肘、足元までをゆったりと包み、廊下へと拡がり、丸みある肩当てから流れる織物は、腕を包み、手甲で一度途切れて、そこから金を織り込んだ手袋へと繋がっている。
喉元に紋章の入った、留め金が陰鬱に輝いている。
マントの中は見えないが、考えるまでもない。
鎧を簡略化した軍装と、長帯、記章、そしてとびきり金がかかっているはずの軍刀諸々、である。
全てが深みのある、青で統一されているのだ。
ジェルソミーナが動けなくなったのは、主にその異様な、物々しさが原因であった。
相手が憤りを通り越して、一触即発の状態にあるのは、一目見た瞬間から、分かりきっている。
(こんなことになるのは、これでもう、何回目だろう)
しかし、彼女はもう、恐れてはいなかった。
むしろ、呆れていた。
(この人とは絶対にうまくやっていけない……)
あまりにも見慣れない新年のいでたちに、挨拶もためらった結界師であったが、ようやく一つ、丁重に礼をした。
布の翻(ひるが)える気配がして、衣擦れの音が通り過ぎていく。
意外であった。
結界師は頭を垂れたまま、沈黙を守った。
衣の音が遠ざかっていく――。
と、廊下の先、庭園の渡り廊下から、華やかな笑い声が聞こえてくる。
近付いてくるのは昨夜、自分を呼びつけた王女と、その世話係だ。
「まあ、結界師!」
数時間前に別れたばかりだというのに、王女エオリオは「懐かしい」といわんばかりに手を振った。
世話係のフィーネもまた同様で、笑みが頬からこぼれんばかりである。
とてもこの二人、徹夜あがりとは思えない。
恐れていた通りに、王女は迷わず、ジェルソミーナと宰相のもとへやって来た。
そして目の前の、険悪な雰囲気を、物ともせずに、
「この者に殺されそうになっているのですってね、結界師」
嬉しそうに、話しかけた。
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雨が上がり、青間の見える早朝の空は、なんとも気持ちの良いものである。
真紅の花びらを開かせた、南国産の植木の葉に、昨夜の雨が溜まっている。
肉厚で大きな葉だから水滴の溜まる量も多いのだろう、馬丁の息子がやって来て、「あっちだ、あっちだ」と言いながら、小間使いの少女と一緒に両手に水を溜めて遊んでいる。
特にすることもないので、ジェルソミーナは手すりによりかかって、庭園の彼らを眺めていた。
欠伸がひっきりなしに出てくる。
故郷でのんびり、昼まで寝て過ごす生活を夢見ていたら、これだ。羽筒の知らせを使って、皇帝から「緊急事態」の信号が入った。
確かに、可愛い愛娘のお願いは、「緊急事態」ものなのかもしれないが。
並々ならない気配に気付いて、ジェルソミーナは、後ろを振り返った。
昇り始めた太陽が、廊下を眩しく、照らしている。
ジェルソミーナは思わず身を引いた。
顔色のない、亡霊のような姿があった。
「……」
見る事は滅多にない、儀礼用のいでたちで、マーカス・キーツ宰相が視界を遮っている。
艶やかなマントは喉元から肘、足元までをゆったりと包み、廊下へと拡がり、丸みある肩当てから流れる織物は、腕を包み、手甲で一度途切れて、そこから金を織り込んだ手袋へと繋がっている。
喉元に紋章の入った、留め金が陰鬱に輝いている。
マントの中は見えないが、考えるまでもない。
鎧を簡略化した軍装と、長帯、記章、そしてとびきり金がかかっているはずの軍刀諸々、である。
全てが深みのある、青で統一されているのだ。
ジェルソミーナが動けなくなったのは、主にその異様な、物々しさが原因であった。
相手が憤りを通り越して、一触即発の状態にあるのは、一目見た瞬間から、分かりきっている。
(こんなことになるのは、これでもう、何回目だろう)
しかし、彼女はもう、恐れてはいなかった。
むしろ、呆れていた。
(この人とは絶対にうまくやっていけない……)
あまりにも見慣れない新年のいでたちに、挨拶もためらった結界師であったが、ようやく一つ、丁重に礼をした。
布の翻(ひるが)える気配がして、衣擦れの音が通り過ぎていく。
意外であった。
結界師は頭を垂れたまま、沈黙を守った。
衣の音が遠ざかっていく――。
と、廊下の先、庭園の渡り廊下から、華やかな笑い声が聞こえてくる。
近付いてくるのは昨夜、自分を呼びつけた王女と、その世話係だ。
「まあ、結界師!」
数時間前に別れたばかりだというのに、王女エオリオは「懐かしい」といわんばかりに手を振った。
世話係のフィーネもまた同様で、笑みが頬からこぼれんばかりである。
とてもこの二人、徹夜あがりとは思えない。
恐れていた通りに、王女は迷わず、ジェルソミーナと宰相のもとへやって来た。
そして目の前の、険悪な雰囲気を、物ともせずに、
「この者に殺されそうになっているのですってね、結界師」
嬉しそうに、話しかけた。
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