2 もつれる糸 | 南域結界☆ ジェルソミーナ

2 もつれる糸

 雨が降っていた。
 樋を伝い落ちる水滴の音に、シトラビンスは耳をそばだてた。
 時刻は深夜の三時にもなろうとしているのに、廊下を曲がったあの部屋からは、まだマイエル灯の明かりが漏れている。
 雨の中を走ってこの本城へ帰ってきたために、靴の中が、冷たく湿っている。
 どうしようか、と迷ったが、シトラビンスは最初の予定通り、そのまま廊下を突き進むことに決めた。
 このままでは自分もまた、気になって眠れないだろう。
 靴音を忍ばせて近付く。
 激しさを増してきた雨音が、ちょうど彼女の足音を、消していってくれる。

 すでに「神」の寝所は、目と鼻の先だ。
 それが諜報部の仕事ではないことは知りながらも、准佐は、部屋を覗かずにはいられない。
 シトラビンスは薄く開いた扉の隙間から、中の様子を覗き見た。

 思わず、心臓が止まりそうだった。
 心臓が止まりそうだったのは、彼女が緊張しすぎていたためだけではない。
 部屋の主、宰相が、今まさに扉の正面に立っていて、彼女の目を、ぎらりと睨みつけたからである。
 けれども……幸いであった。
 宰相は他に気になることがあったのか、准佐の姿に気付かずに、視線をそらした。
 宰相がいつから、その場所でそうしているのか誰も知らない。

 彼は寝つけなかったのだ。
 軽く腕を組み、凝(じっ)と鏡を見つめている。
 と思うと、手を伸ばし、鏡をなぜてみる、叩いてみる。
 そして待っている。
 何も、おかしなところはない。
 彼が宰相になる遥か昔に取り付けられた、私室用の、王宮に置くとすれば最適な、巨大な古い姿見である。
 鏡は初めてこの新しい主に、自分の存在を気に留めてもらうこととなった。が、いきなり叩かれたり、木枠から外されそうになるというのは、実に不本意で、冷汗ものな心もちだったに違いあるまい。
 憎しみのこもった眼で鏡を睨み、宰相はテーブルの書籍を叩きつけた。

(どうなさったのかしらー。ジェルソミーナさんを、殺そうとなさっていたのでは、なかったのかしらー)
 いつもの発作が彼を襲っていることなど、普通の士官であるシトラビンスに分かるはずもなかった。
 彼は額を押さえている。
 呼吸が乱れ、脂汗さえ滲み始めている。
 心の奥底から、彼にだけ、声が聞こえるのだ。
(ジェルソミーナさんもジュンクリフさんも、マイエル砲の暴走から一命を取りとめてしまった……ジュンクリフさん、さすがですわねー。そうそう、ジュンクリフさんと言えば「お料理対決」……どうなったのかしらー。エナさんったら……)

 シトラビンスは密かに、大きな欠伸をした。
(おいしいお料理ができるといいですわねー)

 エナがシェアに料理対決を挑んだのだ。というよりも、ジュンクリフがシェアの勝利を確信して、エナにわざと挑ませたと言ってよい。
 この対決で勝利した一方と、「俺はつきあう」と言うのだから、
(ほほほほ。結果が気になりますわあ)

 笑みがこぼれて仕方がない。
 扉の向こうでは、彼女も慕うキーツ宰相が、気が狂いそうに、悩み苦しんでいるというのに――
 諜報部員として有能な彼女でさえも、彼の苦しみには、全く気付かないのだ。



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※ただいまですー(´▽`)ノ ドイツで、ハンバーグばっかり食べてましたー♪
 あと、小説の連載、1日1回にしましたーw ゆるゆるペースでお楽しみ下さい^^ /ころら


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