9 鏡の微笑 | 南域結界☆ ジェルソミーナ

9 鏡の微笑

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 マチルダ・サザーランドは、その日は特にご機嫌で、何もない所から水晶球を、手品のように取り出して見せた。
「ほらっ」
 なにしろ今日は、宰相マーカス・キーツが、自分と一緒に「遊んでくれる」というのだ。
 マチルダはこの宰相を、ジェルソミーナの「お友達」と固く信じているから、相手の気持ちなどそっちのけで、「マチルダもキーツ君のお友達だ」と思っている。
(いいなあ、ジェルちゃん。キーツ君と仲良しなんだあ)
 キーツの「眼の力」に魅了されて、マチルダもぼおっとなっている。
 昨年の暮れ、喫茶店の地下倉庫で、ヌイグルミのリップルと一緒に「坤仍星(こんじょうせい。キーツのこと)」が一人ぼっちなんだ」と嘆いたことなど、もうすっかり忘れてしまっている。

 一方、もちろん遊ぶ気も、仲良しであろうはずも全くない宰相は、苛々と、マイペースな少女の背後を歩き回っている。
「まだか」
「出たよっ、キーツ君っ」
「何も映っていないではないか」
「映ってるよお。雪なんだあ。サンテルフェは今、雪が降ってるんだよお。吹雪だから真っ白なんだ」
 遠慮を知らない物言いに、彼は眉をひそめたが、
「それで」
「んー。ジェルちゃん、新年なのにお仕事なのかなあー」
「早くしろ!」
 その声に水晶球は身の危険を感じ取ったのか、マチルダが予想していた以上に、素早くジェルソミーナの居所を映し出した。

「生きてはいるんだな」
 マチルダは嬉しそうに宰相を見上げた。
 少女は、宰相が広場であんなふうに叫んでくれたのも、結界師を悪漢から守るためだったと、信じて疑わない。
 確かに宰相の一喝は、悪漢達の手を止めた。
 宰相を神と信じる狂信者に、キーツの声が届かないはずはない。
 狂信者達は声を、深く心に刻み込んだ。
 狂信者……帝都ロードの全ての国民が、その言葉を胸に刻んだのだ。
「結界師を殺してはならない。あいつは宰相閣下の手によって、排除されるべきものなのだから」

 ジェルソミーナの後ろ姿が、暗い地下道の隅に映った。
 その後ろで、まだ幼い王子が泣いている。
 よく見ると扉にしがみついている、もじゃもじゃ髭の大王も、目を真っ赤にして泣き叫んでいるようだ。
 結界師はそんな大王のマントを掴んで、扉から引き離そうと躍起になっている。
 年越しの祭で、宰相の狂信者に襲われた彼女は、命からがら広場を逃げ出した後、シェアに、魔力を全て注ぎ込んだ「箱」と、「魔力増幅装置」を返してもらって、マチルダや帝都の誰にも挨拶せずに故郷へ帰ってしまっていた。
 おそらくはケチのついた町で、新しい年を迎えたくはなかったのだろう。シェアから借りた汽車の出発時刻表には、予定より三時間も早い時刻に、赤いペンで印が付けられてあった。

「サンテルフェのお城だよ。女王様に植物が寄生しちゃったんだ。それでジェルちゃんが隔離したんだけどね……王様が、何度言っても開けちゃうんだ、扉を」
 扉の隙間から噴き出した花粉を見て、結界師が防御膜を張った。
「奴はいつ帰って来る?」
「分かんなあい」
「帰って来させるな」
 ん?、とマチルダは見上げた。
「聞こえなかったのか、奴にパストラルへ戻って来させるな」
「んー。キーツ君、ジェルちゃんを殺すんじゃなかったのーっ?」
「うるさい!」
 水晶球が床に叩きつけられた。
 マチルダはどうする事もできずに、飛び散った破片を見渡している。
「わたしに向かって、余計な事を口にするな!」
 マチルダは両手で口を押さえた。


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