2 鏡の微笑 | 南域結界☆ ジェルソミーナ

2 鏡の微笑

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 眠れない夜が続いている。
 キーツ宰相はここ数日間、何も口にしていない。
 こまごまとした仕事や予定は、全て大臣達に任せた。
 イリニア帝国に悲しみの悪魔「パスティ・レーン」を送る計画を、結界師に否定されて以来、彼はずっと塞ぎ込んでいる。
 あのような屈辱を受けたことは、彼の人生で一度もなかったのだ。
「くそっ!」
 こぶしから、新たな血がにじみ出る。
 あの木偶(でく)の一言で、必要ないと棄ててしまっていた感情が、湧きあがってきてしまったのだ。この世に自分は存在しないと嘯(うそぶ)く彼にも、わずかに残っていた、罪を悔やむ感情が。
 あの木偶に否定された瞬間、彼ははっきりと、自分が人間に引き戻されたと感じてしまった。
 だからこそ、
(あの木偶さえいなければ)
 彼は憎む。
 人間らしさを捨て、存在のない木偶達の上に、存在のない空虚な者として今まで、ずっと、安定して生きてきたのに。
(あの木偶さえいなければ、わたしは今も、空虚なままで生きていられたのだ。あいつさえいなければ、わたしはこんなにも苦しまずに済んだのに!)

 私室の外に、誰かが片膝をついた。
「失礼いたします、閣下。お伝えしたい事が」
 何度目かの呼び掛けに、宰相はようやく返事を返した。
「なんだ」
 使者は低い声で手短に、結界師が死んだこと。
 殺した男が宰相に会うために、城の下へ来ていることを告げた。

「引見の間へ通せ」
「はっ」
 足早に、宰相は別棟へ下りた。
 城も町も、もう寝静まっている。
 使者の灯したオイルランプが、引見の間への扉を案内した。
 宰相は扉を抜け、仕切りのカーテンを払いのけると、一刀の下に、振りむく男を斬りすてた。
「余計なことを!」
 血しぶきが上がった。
 男は声もたてずに、仰向けに倒れた。
 この男は城の裏手で、試作段階のマイエル砲を使い、結界師を暗殺しようと企てた男である。砲は大爆発を起こし、周囲の塔や城壁もろとも、吹き飛んでしまったのだが、この男は直前に、恐怖のあまり戦場から逃げだし、危うく一命を取り留めたのである。
 宰相は剣の血糊も拭い取らずに、真っすぐに私室へ帰り、扉を閉め、そのまま床の上に崩れ落ちた。
「なんということだ……」
 額を床に押しあてた。
「なんということ……」
 手にした剣を、壁に投げつけた。
「余計なことを……っ!」
 嗚咽が彼の口から漏れた。


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