7 魔法のことば | 南域結界☆ ジェルソミーナ

7 魔法のことば

 神官はいっそう、力を込めて扉を叩いた。そしてついには、自ら杖を持ち、扉に正対して向かった。
「出て来れないなら、今助けてやるから。待ってろ。すぐ、その部屋を離れて、こっちへ来るんだ!」
 気合いを込めて杖を振ると、鋼の扉は音をたてて左右に開いた。
「おい、いるのか!」
 さびれた暗黒神の礼拝所は、入り口から蜘蛛の巣にまみれていた。ランタンをかざしてみても、この礼拝室の暗闇は、とてもとても追い払いきれるものではない。
 蜘蛛の巣を払い、奥を覗き込むと、小さなはずの礼拝室に、無数の彫像が並んでいるように見えた。
「誰かいないのか、聞こえたら返事をしろ!」
 神官は耳を澄ました。
 だがもう、何の音も聞こえない。
 ごくたまに、天井から落ちるらしい、水滴の音が響き、残された香の薫りが鼻をつくのみである。
「くそっ!」
 神官は杖でタイルの床を叩いて、さらに奥へと足を踏み入れた。
 この部屋は長い間、立ち入り禁止になっている。
 暗闇の神は魔の一族に通じる。悪魔や魔物、世に災いをなす一族と、暗黒神は親類である。
 魔法学院では、魔物と関わることを禁じている訳ではない。
 ただ、魔物の中でも、最上位とされる暗闇の神に触れることは、まだまだ学生の身では未熟すぎるという訳だ。
(きっと扉から入ったのではない。どこからだろう。窓が開いていたのか。いったい何のために……)
 礼拝室を管理する者として、胸騒ぎがした。
 今の少年が、日常的にこの部屋に忍び込んでいたような気がしたのだ。
(あっ)
 それを目にして、神官は立ち止まった。
 タイルの上に巨大な、逆三角形を組み合わせた魔方陣が描かれていたのである。
(これは……)
 光の消えたロウソクを取り上げて、神官は身震いをした。ロウソクを置いた痕が、床の上に数え切れないほど残されている。
 魔法の陣形は拙かったが、丁寧に描かれていた。何かを呼び出すためのその魔方陣は、力不足なりにも、完成しきっている。
 これが、他の神の部屋であったならまだいい。光の女神に知恵の神、神との交信を持とうとする者は、この学院にも幾らかいる。
(だが暗黒神では……)
 鼓動がいっそう早まった。
 残虐で、気まぐれな神。
(もしや、もしやとは思うが……)
 あれは学生の、リュイではなかったか。
『僕が死んでも君には……、僕のこと、忘れさせたりはしないから』
 少年の声が聞こえたような気がして、神官は暗闇を振り返った。


>INDEX