4 二つの秘神 | 南域結界☆ ジェルソミーナ

4 二つの秘神

 咽(むせ)んでいたプリッターの目が、急に険しくなった。
 毛布の袖から口を離して、
「本当ですか、それは」
「本当だよ、俺、見てたもん」
「本当にレシングが」
「本当だよ、俺、レシングだけは見間違わねえぜ。あんな目立ちやすい、暗い奴もいないもんなあ。先生に言われてから、俺も一応、あいつを気にはするようになったんだ。そしたら……」
 放課後、誰もいないはずの医務室の前を通りかかったとき、中から誰かのひそひそ声が聞こえてきた。
 テトラはおや、と思った。
 医務の先生は先日から産休で休暇をとっているし、その弟子達もとっくの昔に、山のふもとの酒場街へ、安酒を飲みに行っている頃のはずだ。
 医務室には貴重な薬も置いてあるから、普段は表から錠が下りていて、誰も入れないようになっている。
 となると錠はかかっているようだから、何者かが二階の窓からか、もしくは「有らぬ所から」侵入した可能性が高い。
(やだな。放課後の医務室って、不気味なんだよな)
 怖がらせるのは好きでも、その逆にはあまり慣れていない彼は、おそるおそる、扉の小窓から医務室の中を覗きこんでみた。
 十二歳ぐらいの男の子と、女の子が、互いに向き合って、板間の上に座っている。
 女の子はずっとうつむいたままで、男の子の方がしきりになにか、話しかけている様子だ。
 テトラはおもむろに、ふところからキツネ型の耳を取り出した。
「それで、何を話していたんですか」
 苦しそうに咳き込みながら、プリッターはテトラに聞いた。
「それがねー、なんにも聞こえなかったんだよね」
 クッキーを口にくわえて、テトラはさもつまらなそうにそっぽを向いた。
「でもね、先生。一つ分かったこと。女……レシングは話しかけられるのがすっごく迷惑みたいで、絶えず逃げだそうとしてたみたい」
「逃げ出す……? 仲良くしようとしているんじゃなかったのですか」
「リュイの方がね」
「はあ……」
 プリッターは水さしから一口、水を飲んで、ピンク色の錠剤を飲みこんだ。
「だからね、先生。つまり、リュイが嫌がるレシングを、無理やり、放課後の医務室に連れ込んだってこと」
「テトラ君……。その表現はちょっと、危険すぎやしませんか」
「構わないでしょ。まるっきり嘘じゃないはずだよ」
 テトラは、ぱんぱん、と景気よく両手を叩いた。
 そのリズムに反応して、ストーブの炎が勢いを増す。
 炎は陰気な病室の闇を、隅に追いやる。
 けれども、元気いっぱいの彼の魔法は、長引く病身にはこたえたようだ。一方で、頭痛に気を失いかける師匠がいたことを、このかわいい愛弟子は知らない。
「でもねー、俺が見てた限りでは、リュイの奴、レシングに拒まれっぱなし」
 テトラはクッキーをかじりながらも続ける。
「仲良くしてやりたいって、ヤツは努力してるみたいなんだけど、レシングがねえ」
「……それは……きっと、恥ずかしかったんじゃないんでしょうかね。……相手が……同じ年頃で、しかも男の子だし……」
「どうして。別に同じ年頃だったって、なんだっていいじゃないか。同じ歳だろ。仲良くしよう、って言ってきてるんだ。仲良くしてやりゃあ、いいじゃないの」


>INDEX