7 すべてのはじまり | 南域結界☆ ジェルソミーナ

7 すべてのはじまり

 シチューの海の中で、ベトルに向かって手を差し出した。
「今、この樫の木の根元で、小さくなっていた子がいましたよね。あれが……」
「あれがレシングかい。あれがデキの悪い……いやいや、調子の悪い……ってゆうのか、いや、ぱっとしない……」
「なかなか魔法の力を発揮できない女の子です。魔力は、普通程度にはあるそうなのに、なかなか、それを表現できない子ですよ」
「あいつ……同じ歳の奴らとうまくいってねえのか?」
 いつになく、神妙な顔でベトルが呟いた。
「ただの喧嘩、とかじゃねえぜ。今のは」
 少女が膝を抱えていた地面の上にも、すでに液体の染みが広がっている。
 ベトルは汚れた腕で、重たい目を何度もこすった。
「あっしにゃあ、ちょっと見、人間だとは思えなかったが。数年前、あいつを見かけた時には、もう少し……」
「ええ……残念ながら、あの子はいつもそうですね。わたしが知る限り、あの子はいつも一人。教室でも遊戯場でも。ああやっていつも、いじめられている」
「先生、ご存知だったんっすか」
 プリッターはその手を取り、自らもシチューまみれの腕で、ベトルを汚物の海から立ち上がらせた。
「あっしの……あっしの経験じゃあ……」
 ベトルは汚物の海に漂う、プリッターの長いコートの裾を持ち上げた。
「あんな調子じゃ出したくったって、魔力なんて外に出せやせんぜ。あいつは……あいつは完全に、のされちまってる。外からつぶされちまって、人間じゃなくなっちまってる。身動きが取れねえ。……ああ、なんて言ったらいいんだ……出せる物も出せねえ、っていうか、言いたい事も言えねえ、っていうか、胸の中がもやもやして、重たくって、痛くなって、それで……」
「心が凍りついてしまった、とでも言うのでしょうか……」
「プリッター教授、無理ですぜ」
「無理です」
 プリッターは細い目で、醜悪な罪の現場であったホワイトソースの沼を見やった。
「あれでは魔力など、とてもとても、外には出せない」
 友人に怯え、教師に怯え、人々に怯え、固く心を閉ざしてしまっている。
 心を閉ざすあまり、自分の感情さえ、表に出せない。
 そんな状態で、実力が出せるはずがない。
「あの子には、荷が重い」
 プリッターは冷たい風に、ぶ厚いコートをかき合わせた。


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