5 すべてのはじまり | 南域結界☆ ジェルソミーナ

5 すべてのはじまり

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 山をすべり落ちる、四月の風がまだ冷たい。
 ベトルは校舎を飛び出して、山岳の大気を胸いっぱいに吸い込むと、夕陽に向かって柔軟体操を始めた。
「さよなら、せんせー」
 元気な挨拶たちが、放課後の校庭を駆け抜けていく。
「あいよっ、さいならー」
 牛のような唸り声をあげて、彼は思いきり背筋を伸ばした。
「せんせ、さようなら」
 皮のずた袋を背にかついで、年長の学生が頭をさげていく。
「あいよお、さいならあーっ」
 ベトルは腰を大きくひねった。
 夕刻の体操は彼の日課だ。
 研究生や補習中の学生を除いては、みんなこの時刻に帰宅していく。
「いっちにっ、さんっしっ……っ!」
 屈伸運動を始めると、彼の見事な両肩が、骨でも折れていそうにごきりごきりと鳴った。
「にぃにっ、さんっしっ!」
 黒光りする両肩から、汗が噴き出る。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ!」
 地面に向かって両拳を繰り出すと、みるみるうちに地面に汗の跡形ができた。
 雄虎でも殴り殺す、強拳だ。
 筋肉が盛り上がり、肉体がいつもの二倍ちかく巨大に見える。
 固く結い上げた、後頭部のまげの上に、一匹のアブが止まった。
 どこから迷い出たのだろう、にじみ出る汗に惹かれてか、しばらく躊躇した後、アブはそのまげの上に落ち着き先を決めた。
「むう……」
 ベトルは体操をやめた。
 聞きなれた学生の声が通りすぎて行き、生徒たちも、校庭で遊んでいる者ぐらいとなった。
 ベトルはわずかに、まげを見上げる。
「ちょっと待ってよ、ねー」
 どこかで笑い声が聞こえる。ボールを蹴とばす音が聞こえる。
「ねーねー、昨日の見たー?」
「昼休みにねー。でも、ちょっと、だったよねー」
 平和な刻だ。
 虫ケラのわずかな気配を意識して、彼は欠伸さえもためらった。
「春はまだまだ先ですよ」
 プリッター教授は言っていた。「山を降りる、四月五月の嵐を経なければ」
「きゃははははははっははははははっ」
 それはけたたましい笑い声だった。
 振り返った時、その宴はすでに絶頂をむかえている。
「なにしてやがる、おめえら!」
 樫の木の枝と枝の間を、自由自在に飛び交う二、三十のバケツの列。あふれ出す白い液体。
 ベトルは目を見張った。
 異様な光景だ。
 魔法学院に勤務して長い、彼でさえもこんな光景は見たことがない。
 バケツは途切れることなく列を作り、代わるがわる、樫の木の根元、うずくまる小さな影に、白い内容物を浴びせかける。
 樫の木に群れる、カラスのような塊。無機質なバケツである分、この統率は気味が悪い。
「こっらあーっ!」


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