3 すべてのはじまり
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学生達の声が聞こえる。学舎から寄宿舎へと帰る、または山裾の自宅へと帰る賑やかな、楽し気な笑い声である。
プリッター教授は夕方、同僚のベトルからその話を聞かされた。
「そうですか、そんなことが」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、風邪ぎみのプリッター教授は湯たんぽを抱えて、思いきり鼻をかんだ。
プリッター教授の部屋は、南方語の専門書や世界各国の言語地図、哺乳類の頭蓋骨に書きかけの論文などで床の上まで雑然としていて、どれが論文でどれが紙クズなのか、足の踏み入れ場もないほど散らかっている。
いつもなら本棚のすぐ近くに、壁紙にでもなりそうな巨大な「正しい古代語発声法」の掛け軸がかかっているのだが、今日はそれがない。あるのは隣の研究室から拝借して来た、薪をくべる大きなポンコツストーブひとつである。
「熱は下がりましたか。先生」
「え、ええ、まあどうにか。ちょっとぐらいは」
心配そうに言ったベトルの前で、教授は毛布にくるまったまま、鼻をもう一度すすり上げた。
プリッターよりも二倍ぐらいの体つきはある、風邪などひいたこともないようなベトル教員は、虎の刺青の入った立派な腕をあらわにして、冷たくなってきた窓へ丁重にカーテンをかけた。
「あのいけすかねえフランドルの野郎が、なんであんなことを言ったのか、俺にゃあ想像もつきやせんや。あいつなら真っ先に、あの小さな子を退学処分にしちまいそうな気がしますがね」
「ええと、レシング君、でしたっけ?」
朦朧としている記憶を呼び覚まそうと、プリッター教授は痛むこめかみを押さえた。
「そうでさ。学院長ご自身が見つけてきた女の子ですよ。学院長の方はそれもあるんじゃないっすかねえ。退学だけはさせたくない、ってのは」
「はあ」
教授はもう一度鼻をかんだ。
「大丈夫ですかい、教授。厨房で何かあったかい物でも、そうだ、熱燗でも作って来やしょうかっ」
「いや、いいっ、いいんだ。……お、お待ちなさい、ベトル君っ。わたしは大丈夫だから……っ」
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学生達の声が聞こえる。学舎から寄宿舎へと帰る、または山裾の自宅へと帰る賑やかな、楽し気な笑い声である。
プリッター教授は夕方、同僚のベトルからその話を聞かされた。
「そうですか、そんなことが」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、風邪ぎみのプリッター教授は湯たんぽを抱えて、思いきり鼻をかんだ。
プリッター教授の部屋は、南方語の専門書や世界各国の言語地図、哺乳類の頭蓋骨に書きかけの論文などで床の上まで雑然としていて、どれが論文でどれが紙クズなのか、足の踏み入れ場もないほど散らかっている。
いつもなら本棚のすぐ近くに、壁紙にでもなりそうな巨大な「正しい古代語発声法」の掛け軸がかかっているのだが、今日はそれがない。あるのは隣の研究室から拝借して来た、薪をくべる大きなポンコツストーブひとつである。
「熱は下がりましたか。先生」
「え、ええ、まあどうにか。ちょっとぐらいは」
心配そうに言ったベトルの前で、教授は毛布にくるまったまま、鼻をもう一度すすり上げた。
プリッターよりも二倍ぐらいの体つきはある、風邪などひいたこともないようなベトル教員は、虎の刺青の入った立派な腕をあらわにして、冷たくなってきた窓へ丁重にカーテンをかけた。
「あのいけすかねえフランドルの野郎が、なんであんなことを言ったのか、俺にゃあ想像もつきやせんや。あいつなら真っ先に、あの小さな子を退学処分にしちまいそうな気がしますがね」
「ええと、レシング君、でしたっけ?」
朦朧としている記憶を呼び覚まそうと、プリッター教授は痛むこめかみを押さえた。
「そうでさ。学院長ご自身が見つけてきた女の子ですよ。学院長の方はそれもあるんじゃないっすかねえ。退学だけはさせたくない、ってのは」
「はあ」
教授はもう一度鼻をかんだ。
「大丈夫ですかい、教授。厨房で何かあったかい物でも、そうだ、熱燗でも作って来やしょうかっ」
「いや、いいっ、いいんだ。……お、お待ちなさい、ベトル君っ。わたしは大丈夫だから……っ」
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